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  • 日本人は善意で人を殺す - ハックルベリーに会いに行く

    昔、今村昌平監督の撮った映画『楢山節考』を見た時、意味がよく分からなかった。「なぜお年寄りは自分で死を選ぶのか?」ぼくなら単純に抵抗するのにと思った。石にかじりついてでも、あるいは村から逃げてでも生きるのにと思った。その時は、自ら捨てられることを選択する老婆の気持ちが分からなかった。映画の見方が浅かったのかもしれない。今なら分かる。今なら、老婆が自ら死を選ぶ気持ちはよく分かる。では、なぜ彼女は死を選ぶか? それは、生きているのがつらいからだ。何がつらいか? 社会の善意が苦しいのである。人々の善意が、彼女を殺すのだ。 これは伝聞であることをあらかじめお断りしておくが、福島原発付近の避難区域に住んでいた人たちは、避難所の仮設住宅に暮らしながら、生活費は国や東電の支給するお金でまかなっているらしい。彼らに対して、月々定期的にお金が支給されているのである。それはそれで、もちろん何の問題もないのだが

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    cloudliner_tweets 2012/07/01
    なぜ日本人は、そのような善意で相手を殺すようなことをするのか。あるいは、善意がその人を殺すことになると分かっていながら、それをやめようとしないのか
  • 音楽業界はなぜ縮小したか? - ハックルベリーに会いに行く

    音楽業界はなぜ縮小したか? を文系的に考察する。 「生活必需品としての価値の下落」音楽業界が産業として最も大きくなったのは(最も売上が高かったのは)1990年代半ばから後半にかけてとのことで、その当時ぼくは20代の若者だった。その頃のぼくの気分というものを振り返ると、CDを買って聞いていないと、ちょっと人間関係的にヤバいなぁみたいな雰囲気があった。というのも、一つには「つき合いのカラオケ」というのがあった。ぼくは特段カラオケが好きというわけではなかったが、仕事のつき合いでも、あるいはプライベートの合コンなどでも、カラオケに行く機会はよくあった。だから、そこで歌うための歌を仕込んでおく必要があった。そしてそれは、できれば流行りの歌が良かった。最新ヒットチャートを賑わしている歌を歌えば、周囲の評価が高かったからだ。だから、カラオケで歌うためのヒット曲のCDをよく買った。その頃に買ったのは、猿岩

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    cloudliner_tweets 2012/06/23
    基本的には音楽の「芸術性」と「ビジネス性」との間には相関性はあまりない
  • 仕事がなくなっていく未来にどう対処するか? - ハックルベリーに会いに行く

    この前、「富士通で大量のSEに大配置転換が求めてられている(意訳)」という記事を読んで、なかなかに興味深いと思った。[特集:SEが消える 1/3] 富士通・組織人事改革担当者「SEにはWebエンジニアのような創造性が必要」と話す真意 |エンジニアtypeこれはウロボロスだ。「ウロボロス」とは、自分で自分をべちゃうことのたとえだけれど、やはりITの進歩発展が、人々の仕事をどんどんなくしてきたことは確かだと思う。最近鉄道を利用していても、どんなに混んでる駅でも改札に駅員さんが一人ということがあって、ぼくが子供の時は四、五人で切符にパチンパチンと鋏を入れていたのだと考えると、少なくとも三人分の仕事ITによってなくなったのだとつくづく実感させられる。ところで面白いのは、IT化によって真っ先に仕事がなくなるのが実はIT産業なのだ。なぜならIT産業は、ITの発展によって効率化しやすいから。IT産業

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    cloudliner_tweets 2012/02/16
    「ウロボロス」とは、自分で自分を食べちゃうことのたとえだけれど、やはりITの進歩発展が、人々の仕事をどんどんなくしてきたことは確か
  • 女子アナは置屋の芸姑と言った女子アナがいた - ハックルベリーに会いに行く

    昔聞いた話なのだけれど、その頃、自分を売り出すことにかなり意識の高い、戦略的な女子アナがいた。その時はまだ若かったのだけれど、スマートさ、クレバーさ、したたかさをすでにして備えた、かなり強い女子アナだった。ぼくはその女子アナ(仮にAとする)に興味を抱いていた。一緒に仕事をしたことはなく、テレビで見るだけだったのだけれど、画面を通しても明らかに異彩を放っていることが分かって、強く惹かれるものがあった。それで、Aと一緒に仕事をしたこともある旧知のテレビディレクターの何人かに「一体どんな人物なのか?」と聞いてみたことがある。するとそのディレクターたちも、Aに対してはぼくと同種の興味を抱いていたらしく、色々見聞きしたり知っていたりすることがあって、それをぼくに教えてくれた。それは、当時のぼくにとってはかなり「面白い話」だった。そこで聞いたAの話は、かなりインパクトのあるもので、ぼくは強いインスパイ

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    cloudliner_tweets 2010/03/13
    「一方では生意気で小憎らしく、なかなか素直には従わないところもあった方が、プロデューサーやディレクターにとっては魅力的に映り、結果、指名される」 "女子アナは置屋の芸妓と言った女子アナがいた - ハックルベ
  • 絶対に遅刻しない女の子がいる - ハックルベリーに会いに行く

    「最近の若者は――」という言説をよく聞く。たいていはネガティブなイメージで語られることの方が多い。曰く、最近の若者はひ弱になった、最近の若者はバカになった、最近の若者は覇気がない、最近の若者はすぐ挫ける、最近の若者は何を考えているのか分からない……しかしぼくは、若者をそういう目で見たことがない。それは、ぼく自身がとてもだらしない人間なので、たいていの人がぼくより立派に見えるからというのはあるけれど、それを抜きにしたって、逞しく、したたかで、尊敬できる若者というのは多い。若者礼賛というわけではないが、若者の中にもそういう人がちゃんといるということだ。特に、ぼくの知っている若者には、心の底から尊敬でき、敬服できる人物が何人かいる。そういう人を知っているから、ぼくは、若者というのを一括りに否定することができないのだ。 ぼくの知ってる若者に、絶対に遅刻をしない女の子がいる。どんな時でも、集合時間の

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "絶対に遅刻しない女の子がいる - ハックルベリーに会いに行く"
  • とてもじゃないが「自分は無知である」などとは言えない - ハックルベリーに会いに行く

    おそらく「無知の知」ほど多くの人に誤解されているというか、都合良く解釈されている警句、故事は少ないだろう。これは質的には「自分が物知りだと思うことを戒めている言葉」ではない。自分が頭が良いと思っちゃいけないよ、と言ってるわけではない。その逆だ。「頭が良いというのはこういうことなんだぜ」ということを言っているのである。「おれはお前より物知りなんだぜ」ということを表している言葉なのだ。 ソクラテスは怖ろしい。彼は人類史上最高の「クレタ人メソッド」の使い手と言って過言ではないだろう。ぼくが最も憧れる存在の一人である。表向きはへりくだった謙虚さをアピールしているものの、その裏には彼のおそろしい自信と自負心、そして尊大さが垣間見える。確かに、「無知の知」はそれ自体人の自信過剰を戒めているようにも受け取れるが、ソクラテスが伝えたかったのはそんなことではない。要は、「結局自分は世界で一番物知りなんだぜ

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "とてもじゃないが「自分は無知である」などとは言えない - ハックルベリーに会いに行く"
  • プレゼンはもう古い! - ハックルベリーに会いに行く

    これを読んでぼくの前の師匠の言葉を思い出した。 「5枚プレゼン」のレイアウトを理解する その師匠はこう言った。「プレゼンはもう古い! 企画書などはもういらない! これからは、現物を作ってそれを見せる時代だ。その方が100倍早い!」ちなみに100倍というのは定量的なデータがあるわけではなく彼のくちぐせです。しかし前師匠はこれを実際にやっていたなあ。特に楽曲に関しては、作曲家に作曲してもらい、歌手に歌入れしてもらい、編曲家に編曲してもらった、ほとんど完パケに近い現物作ってから、それを持ってレコード会社に営業してました。PCや電子機器の進化によって、そのうち「企画書」というものはこの世からなくなるかも知れないですね。 関連プレゼンテーションを成功させるための9つのステップぼくが考えるプレゼントを良いものにする「6つの極意」

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "プレゼンはもう古い! - ハックルベリーに会いに行く"
  • 「それとはなしに表現」されたマンガの一コマたち - ハックルベリーに会いに行く

    いまスタニスラフスキーの評伝である「スタニスラフスキー入門(ジーン・ベネディティ著・松永実子訳)」を読んでいるのだけれど、これが面白い。芸術についての興味深い言葉がいくつも出てくる。その中に、こういう言葉があった。もし演劇がゴーゴリのいう「観客を教育するという義務を果たす説教壇」なら,俳優は直接的に説教をしてはならない。観客に考える内容を伝えるのは俳優の機能ではない。戯曲のメッセージは,それとはなしに表現されなければならない。(p.28-29) また、演劇の自然な表現を指す「ナチュラリズム」を、こんなふうに批判している。ナチュラリズムは観客の主要な楽しみと大切な満足感を騙し取る。つまり,俳優と演出家とデザイナーがその技術で暗示したものを、俳優とともに観客が想像力で完璧なものにする楽しみを奪いとるのだ。(p.27)これは演劇について述べられた言葉なのだが、それだけに当てはまるものではない。

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "「それとはなしに表現」されたマンガの一コマたち - ハックルベリーに会いに行く"
  • カエサルが好きだった友人Rくんのこと - ハックルベリーに会いに行く

    ぼくには高校時代にRという同級生がいた。親友というわけでもなかったが、時々話をするような間柄だった。当時は友だちとは思っていなかったけれど、今なら友人と言っても良いかも知れない。とにかく、そう親しいわけではないけれど、話せば楽しくお喋りできる、そんな間柄だった。Rはちょっと変わった人間だった。ちょっと、と言うか、かなりの天然ボケで突っ込まれキャラだった。なんと言うか落ち着きがなく、いつもちょっとオドオドとしていて、せっかちで、早とちりだった。会話をしていると、いつも相手の語尾にかぶせるような相槌の打ち方をした。あるいは、相手の話を遮って自分の話を始めることもしばしばだった。だから、会話はけっして上手かったわけではない。むしろ下手な方だった。そのため、親しく話すという人もそう多くなかった。 けれども、ぼくとは話が合った。と言うのは、ぼくは会話をしながらいつも色々考えてしまうくせがあって、ペラ

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "カエサルが好きだった友人Rくんのこと - ハックルベリーに会いに行く"
  • やはり思いやりに欠けると、どんなに努力しても結果は上手くいかない - ハックルベリーに会いに行く

    この前30歳くらいの女性と話す機会があったのだけれど、彼女の言葉で印象に残ったのは、「こっちはそれだけのものをこれまで詰んできたのだから、男性にも最低限それと同じようなものを求める」というようなものだった。まあ何と言うか、彼女はすごい美人というのではなかったが、それでも十分きれいと言って差し支えないルックスをしていた。ファッションもビシッと決まっていたし、お化粧もバッチリで、濃すぎず薄すぎず、自分がどうすれば引き立つかをよく分かっていた。キャリアの方は詳しく聞かなかったけれども、会社でもそれなりの地位にいるのだろう。けっこう自信満々な感じで、自分と自分の努力に大きな自負心を抱いているようだった。さらには、もっと上を目指してやろうという意気込みも強く感じられた。 聞くところによると、彼女は(当か嘘かは分からないけど)彼氏はいないらしい。しかしどうやらつき合う男性には確固たる基準と言うか、理

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "やはり思いやりに欠けると、どんなに努力しても結果は上手くいかない - ハックルベリーに会いに行く"
  • 自分の会社の自慢話をできるか? - ハックルベリーに会いに行く

    先日、機会があってC社という電子機器メーカーの社員の方とお話しさせて頂いたのだが、これがなかなか得難い体験だった。そこで、その方から会社の自慢話を聞かせてもらったのだ。そうして、それが良かった。それは聞いていて気持ちの良い自慢話だったのだ。ぼくはそれに、大いに感銘を受けた。 思えば、自分の会社をへりくだって紹介する人は多いけど、自慢できる人――それも気持ち良くできる人というのは、案外少ないのではないのだろうか。だから、そういう自慢話を聞かせてもらったことがまず新鮮だったのだが、その内容もまた良かった。彼はまず、社長の自慢をしたのである。なんでもC社の社長さんは、もうすぐ80歳という高齢にも関わらず、いまだに現役バリバリで、第一線で働いておられるのだそうだ。特に、C社が開発する新商品に関しては、今でも逐一目を通し、審査に当たられているそうである。C社は大きなメーカーだから、新発売される商品の

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "自分の会社の自慢話をできるか? - ハックルベリーに会いに行く"
  • 就職試験にグループ・ディスカッションを取り入れているような企業には就職すべきではない - ハックルベリーに会いに行く

    母の教え船男問題では、そもそもそういう議題を投げかけることがセクシャル・ハラスメントだという意見も多くあった。つまり、そういう議題を投げかけた企業そのものが一番悪いと。しかしぼくに言わせれば、どんな議題であろうと、グループ・ディスカッションを行っていることそのものが、大きな害悪である。そういうことを就職試験に取り入れている時点で、その企業はすでに大きく道を踏み外している。端的に言って会社としてダメだ。ぼくは、たとえどんな議題だろうと、就職試験にグループ・ディスカッションを取り入れているような企業には、就職すべきではないと考える。 そもそも、議論などで何か状況を前進させられると思うことが間違いだ。議論でも問題を解決できると思うことが、大きなまやかしだ。議論は何も前進させられないし、何も解決しない。むしろ議論の枠組みを壊すハラスメントのような行為こそが、当の意味で状況を動かし、問題を解決する

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "新人研修にグループ・ディスカッションを取り入れているような企業には就職すべきではない - ハックルベリーに会いに行く"
  • I氏が会社説明会で学生たちにした質問と話 - ハックルベリーに会いに行く

    知人のI氏は小さなIT系のベンチャー企業に人事担当として勤めている。先日、その会社で学生相手の会社説明会を開いたのだそうだ。会社説明会といっても小規模なもので、セミナー形式で参加者は10人ほどだったらしい。 その席で、一通りの会社説明が終わった後、I氏は必ずまず自分から学生たちに質問をするのだそうだ。と言うのも、最初に学生たちから質問を受けつけると、場の雰囲気が往々にして堅くなるからで、それが嫌なのだそうだ。だから、そうなる前にまずこちらから聞くのだそうである。すると、相手の気持ちも適度にほぐれるから、その後の質疑応答もしやすくなるということだった。 そこで、I氏が必ずする質問があるという。それは「子供の時に一番好きだったもの、あるいは熱中したことは何ですか?」というものだ。何でも、人間というのは「自分の好きなものやこと」を語っている時が一番リラックスできるのだそうである。そして一番生き生

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
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  • もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら - ハックルベリーに会いに行く

    はじまりもし高校野球の女子マネージャー(名前は仮にみなみちゃんとしよう)が、ドラッカーの「マネジメント」を読んだら、彼女はきっと驚くだろうな。なぜなら、そこには彼女が所属する野球部と、彼女自身のことが書いてあるからだ。「マネジメントなしに組織はない」「マネジメントは企業だけのものではない」「マネジャーをしてマネジャーたらしめるものは、成果への貢献という責務である」 「所属する野球部に何とか成果を出させたい。そのためには自分に何かできることをしたい」そう考えていたみなみちゃんは、このが「自分のために書かれたもの」であることを確信する。だから以降、そこに書かれていることを脇目も振らず実践するようになる。 野球部におけるマネジメントの役割みなみちゃんは、「マネジメント」を読み進める。するとドラッカーは、マネジメントには三つの役割があると説く。そこでみなみちゃんは、それらについて一つ一つ自分に当

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら - ハックルベリーに会いに行く"
  • 感謝の足りない男 - ハックルベリーに会いに行く

    ある男がいた。彼は感謝の足りない男だった。 ある時、その彼の書いたが売れた。それは、彼のこれまでの来し方を考えると、一見奇跡のような、信じられないような売れ方ではあったが、しかし彼自身は、自分が長年味わってきた屈辱を思うと、がどれだけ売れようが、それは決して拭われないし、また報われ得ないという強い思いがあったから、あまり嬉しいとは思わなかったし、浮かれるようなところもなかった。それでも、やっぱりなにがしかの感慨は抱くことがあって、そんな時に思い出すのは、一人の先輩のことだった。その先輩の名前を、仮にYとする。Yは、彼が40年以上生きてきた中で、心から感謝の言葉を述べられる、ただ一人の人物だった。彼は、彼の両親にも、弟にも、結婚相手にも、生まれた子供にも、さらには恩人や、親しい友人にさえ、素直な感謝の気持ちを抱くことはできなかったが、しかしただ一人Yにだけは、忌憚なく、腹蔵なく、心の底か

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "感謝の足りない男 - ハックルベリーに会いに行く"
  • それを「発想がない」というのだ - ハックルベリーに会いに行く

    佐々木俊尚さんが、ぼくの書いたエントリー「コンテンツが売れなくなったという嘘」について、Twitterでこんなふうに言及している。1Q84やTHIS IS ITのような「マスに受け入れられるが質も高くて奥深い」というのは奇跡のような存在。戦略やマーケとは異なる次元だと思うけど、しかし気概と情熱で実現できるとも思えない。/ http://bit.ly/bIj66uTwitter / 佐々木俊尚: 1Q84やTHIS IS ITのような「マスに受け入 ... しかし、彼はぼくのエントリーをちゃんと読んでいるのだろうか? 彼が述べた「奇跡のような存在」とか「戦略やマーケとは異なる次元だと思うけど」や「気概と情熱で実現できるとも思えない」などという考え方が、そもそも前のエントリーで示した「発想がない」という状態を指し示しているのだが……映像ソフトにかかわるほとんどの人々が、そもそも「『THIS I

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "それを「発想がない」というのだ - ハックルベリーに会いに行く"
  • コミュニケーション能力という幻想 - ハックルベリーに会いに行く

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    cloudliner_tweets 2010/02/28
    "コミュニケーション能力という幻想 - ハックルベリーに会いに行く"
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