「本書は、沈黙をとおした中世ヨーロッパをめぐる旅物語でもある。心性史、霊性史、歴史のなかの女性、あるいは感情史などに関心を持ってきた筆者なりの、中世世界のガイドブックである。」 はじめに 私は、自分の考えが疑わしいから黙るわけではありません。たしかに私には才能も知識も足りないので、美しくは述べられないかもしれませんけれど。でも、私はもっと、自分を喜ばせることに専念したいのです。 ―― クリスティーヌ・ド・ピザン『薔薇物語』論争 ピエール・コルへの最後の書簡より 声と音が生活の大部分を占め、音のない言葉がごく例外的な人々の間に限定された時代があった。本書が光を当てる中世ヨーロッパ(西暦でおよそ500〜1500年)とは、そういう時代である。 中世ヨーロッパにはおおまかに二種類の言葉があった。俗語とラテン語である。 俗語とは、フランス語やドイツ語、イタリア語、スペイン語、英語など、われわれがヨー