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2007年12月27日のブックマーク (6件)

  • JASRACは「放送通信融合」の敵か味方か--菅原常任理事に聞く:インタビュー - CNET Japan

    放送コンテンツのネット配信サービスを妨げているのは権利者である――。一部で定着しているこの考えをひも解くと、常に批判の的となってきたひとつの権利者団体が思い浮かぶ。日音楽著作権協会、通称「JASRAC」だ。 権利者の財産を守りつつ、円滑な流通促進に寄与することを目的として活動するこの団体は、放送・通信融合時代におけるサービス促進へのニーズが高まるにつれて「最大の阻害要因」とする声も聞こえてくる。 それでもJASRACは怯まない。いわゆる「YouTube問題」で複数権利者とともに批判の声をあげる際には会見場としてスペースを提供し、むしろ「抵抗勢力(あくまでユーザーにとって)の中心的な存在」であることを印象づけている感すらある。 JASRACの質とは何か。そして、放送・通信融合時代における自身の役割をどう考えているのか。JASRAC常任理事である菅原瑞夫氏に語ってもらった。 ■「相手が誰で

    JASRACは「放送通信融合」の敵か味方か--菅原常任理事に聞く:インタビュー - CNET Japan
    crea555
    crea555 2007/12/27
    「てめー、※※さんをDisってんのかー!」(適当なアーティスト名を入れてください)
  • キルドーザー事件 - Wikipedia

    キルドーザー事件は、2004年6月4日にアメリカ合衆国のコロラド州グランビーにて発生した、単独犯による改造ブルドーザーを用いた大規模な建築物破壊事件である。 他に車両等にも被害はあったが、いずれも人的被害を伴わなかった。犯人は改造ブルドーザーの操縦席において、拳銃で自殺した[1]。 キルドーザー(Killdozer)という名は、シオドア・スタージョンの小説「キルドーザー」(Killdozer!、1944年 邦題「殺人ブルドーザー」[2])が由来である。 事件の経緯[編集] 原因[編集] 事の発端は2000年にこの町で自動車修理業を経営していたマーヴィン・ヒーマイヤー(w:Marvin Heemeyer、1951年10月28日 - 2004年6月4日)が、市役所に対して“隣接する土地にコンクリート工場が建設されると溶接工場の看板が道路から隠れる”と市の計画に反対したことから始まった[1]。

  • 現実を支配しはじめるゲーム - hikaliの部屋 - 楽天ブログ(Blog)

    December 24, 2007 現実を支配しはじめるゲーム (4) カテゴリ:カテゴリ未分類 いつの頃からか、たぶんファミコン全盛期のころだと思うのだが、ファミコンの優秀なプレイヤーを軍事利用するというフィクションを見たことがある。 ファミコン大会が開かれ、その優秀者が軍のヘリコプターを遠隔で操作する。 今にしてみれば、なるほど、米軍の無人機などはそうじゃないかと思えてしまうのだが、当時はその発想が斬新だった気がする。 あー、そうか、ゲームはいつか現実に組み込まれるのか、わたしはそう思った。 小学生のわたしには、ありそうな未来に見えた。 しかし、どうも、状況は逆のようである。 これに気付くのはしばらく時間がかかったのだけど、どうも事実のようだ。 考えてみれば、至極当然な帰結であって、なにも化け物じみた事実は一つもない。 ゲームが現実を組み伏せる。 というか、シミュレーションが現実の前に

    現実を支配しはじめるゲーム - hikaliの部屋 - 楽天ブログ(Blog)
    crea555
    crea555 2007/12/27
    エンダーのゲームからゲームセンターあらし(ないし、その手のホビー漫画)へと続く系譜の先に今がある?
  • ウィンドバード::Recreation - 天才美少女の描き方

    俺は天才キャラとか大好きです。それが美少女なら言うことはありませんね。 よく言われることに、「天才は天才にしか描けない」、つまり作者が天才でないかぎり天才キャラを描くことはできない、というものがあります。天才の思考は天才にしか分からないということですか。じゃあ天才キャラって誰も書いてないのかと言えばそんなことはない。いろんな作品で天才キャラが描かれている。かといって、別に作者が天才なわけでもない(と思います)。なんやかんやで天才キャラはどう描かれているのか。適当に分析してみようではないですか。 それと、天才って言っても「芸術の天才」とか「スポーツの天才」とかいろいろありますが、今回は単純に知能系で。さらに具体的な定義は敢えてしない。余計にややこしくなるだけだから。考えるな、感じるんだ。 まあ、主なサンプルはラノベになるわけですが、そこらへんは俺の読書遍歴の偏りのせいですので平にご容赦。 コ

    ウィンドバード::Recreation - 天才美少女の描き方
    crea555
    crea555 2007/12/27
    思考面の天才描写なら「問題の次元が違う」ってのが。好例は先例にもある『Q.E.D.』で、9巻に収録されている「ゲームの規則」。他人が「ゲームの謎」を解いている間に、「ゲームの規則の謎」を解く、というメタ推理。
  • ひぐちアサ『おおきく振りかぶって』1巻

    ひぐちアサ『おおきく振りかぶって』1巻 ※3巻の短評はこちら 小中学生のころ、通信簿は5段階評価でほとんど「5」だった。というのは、しがない自分史の、みじめな自慢ではなく、そのなかで「体育」(このいいかたは、戦前の名残りではあるが、とりあえず使っておく)だけは「劣等生」でありつづけ、そのことが当時のぼくの、しょうもないプライドを傷つけつづけた。 うまれつき「運動神経」のにぶい者は、どうやっても上達しはしない、それは持って生まれた素質であり、体格であり、体力なのだ――こういう諦観がずっとぼくを支配していた。 「体育」とはいったい、どのようにしたら上達するものなのか、まったくわからなかった。小学生時代はサッカー部、中学生時代はテニス部だったが、まるでうまくならない。やみくもにパスやシュートを数多く打ってみる。乱打をしてみる。だが、流した汗の量に比例してうまくなるわけではない。それどころか、下か

  • 清水義範『大人のための文章教室』

    清水義範『大人のための文章教室』 「○○が最高に面白いです」 「かっこいい漫画でした。とくに第2巻がオススメです」 「ものすごく感動する漫画。ストーリーがGOOD!」 前にも書いたけど、こういう漫画の感想のサイトを読むと、どないせえっちゅうんじゃ、と途方にくれる。いや、自分も時々やっちゃいますけど。 「『感動した』とか『面白かった』などという言葉でまとめることは、この漫画のよさを薄めてしまう。何もいいません。とにかく買って読んで下さい」式の文章は、たしかに言葉にしてしまうことで、漫画が持つ豊かな全体性が失われ部分化されてしまうような危惧を感じるためにそう言うのだろうが、しかし、感想や批評としての任務を根的に放棄しているといわれてもしかたがないものだと思う。 こうの史代(『夕凪の街 桜の国』)にたいするネット評に多かった。 「その景色を、友人に説明するんだと考えてみよう。とにかくすごいんだ