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2011年3月28日のブックマーク (6件)

  • 今村明恒の悲劇

    地震予知の語り部・今村明恒の悲劇 (『武蔵野学院大学日総合研究所研究紀要』 第7輯。2010年3月発行の原稿) 1:前書き 東大助教授で地震学者だった今村明恒(いまむらあきつね、1870-1948)(右下の写真。その下は今村が作った「今村式三成分簡単地動計(いまでいう地震計のこと)」。『科学知識・震災号』、科学知識普及会、1923年から)は当時としては珍しく、地震予知に情熱を燃やした学者だった。当時の学界では、地震予知は星占いのようなあてにならないものと考えられていた(【追記:註】)。 今村は関東地震(1923年)や東南海地震(1944年、マグニチュード7.9)がいずれ襲って来ることを予想して、為政者や人々に防災の準備を説いた。また地震予知の基礎になる観測網を展開することにも熱心だった。そのために私財も投げうった。 しかし、いずれ大地震が来るという彼の警告には「世を騒がせるだけだ」という

  • 日本は絶対に原子力を手放さない――フィナンシャル・タイムズ(フィナンシャル・タイムズ) - goo ニュース

    は絶対に原子力を手放さない――フィナンシャル・タイムズ 2007年7月28日(土)13:44 (フィナンシャル・タイムズ 2007年7月26日初出 翻訳gooニュース) FT東京支局長デビッド・ピリング マグニチュード6.8の地震に見舞われた新潟県刈羽村の住民の多くは、家を失った。身内を亡くした人たちもいる。にもかかわらず、地震発生直後に多くの人 たちが真っ先に気にしたのはひとつ。村の近くにあるあの原子力発電所から立ち上っている、巨大な黒煙はいったい何だ?——という一点だった。元町議会議員 の武和幸さんはそう言う。 原発から黒煙がもうもうと立ち上るあの映像は、日中を震撼(しんかん)させた。世界最大規模の巨大な柏崎刈羽原子力発電所で稼働中だった4つの原子炉は、設計どおりに自動停止した。しかし原子炉以外の部分では、安全対策と安全確保の手順に重大な欠陥があった。 どたばた警察

  • 水道水中の放射能調査結果について@東京都新宿区 東京都健康安全研究センター

    ○ 水道の蛇口から毎日採取し、ゲルマニウム半導体核種分析装置を用いて分析しています。 ○ 降雨の場合は、数値が上がることがあります。 ○ 測定データの表示桁数を国にあわせて2桁としました。 ○ 原子力安全委員会が「原子力施設等の防災対策について」※で、飲物の摂取制限に関する指標(飲料水)を示しています。指標は、放射性ヨウ素-131(131I)が300Bq/kg以上、放射性セシウム(Cs)が200Bq/kg以上です。 *  出典:原子力施設等の防災対策について、原子力安全委員会 (昭和55年6月、平成22年最終改訂) http://www.nsc.go.jp/shinsashishin/pdf/history/59-15.pdf (2.5MB) A monitoring place : Tokyo Metropolitan Institute of Public Health, Hyaku

  • [丸善出版ニュース] 「パリティ」誌に掲載の原子力発電所と放射線防護に関する記事を無料公開。放射線に対して不安になる前に、正しい情報を入手してください。

    「パリティ」誌に掲載の原子力発電所と放射線防護に関する記事を 無料公開 放射線に対して不安になる前に、正しい情報を入手してください。 東北地方太平洋沖地震による東京電力福島原子力発電所の事故発生に伴い、放射線被害に対する不安が高まっておりますが、これに関係して、弊社発行の月刊物理科学雑誌「パリティ」の放射線防護に関する記事を無料公開致します。 放射線に対する不安は、何より目に見えないこと、また、ふだん接することが少ないためなじみがなく、その影響を理解するのに専門的知識が必要なことなど、「わからない」ことによって増幅されている面が大きいと思われます。 あわてず、騒がず、落ち着いて、正しい情報を入手しましょう。 ◆記事 (1)「放射線の危険性と倫理」(パリティ2000年9月号掲載) 記事全文 (2)「臨界事故と放射線防護」(パリティ2000年9月号掲載) 記事全文 上記記事(1)

  • テレビ朝日|素敵な宇宙船地球号

    「TSUNAMI」という言葉は、世界共通語。それは、日は津波大国であることを意味します。 日を襲う津波の多くは、列島が乗るプレートが原因です。海側のプレートが陸側のプレートの下に沈むと、ひずみが生じます。そのひずみが限界に達し、跳ね返るときに地震となって津波も生まれるのです。 中でも、現在最も危険性が高いのが、美しい海岸線を持つ三陸沿岸地域。30年以内に99%地震が起こると予測されています。 地震が発生しやすい海底の構造と、独特な海岸地形から、「津波の巣」とさえいわれる三陸沿岸は、過去にも津波の猛威に襲われた悲劇の歴史があります。2万人もの犠牲者を出した明治三陸津波。押し寄せた波は海抜38.2メートル。遡上した波の高さは日最高ともいわれる大惨事でした。その37年後、再び襲った「昭和三陸地震」。夜中に押し寄せた津波は、一晩で海岸近くの村を飲み込みました。さらに27年後、南米チリ沖

  • ミニブログ - Himatch - 現在、過去、未来、あなたはどこでなにをしていますか?

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