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文化と学問に関するd1021のブックマーク (6)

  • Amazon.co.jp: 国民の歴史: 西尾幹二: 本

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    d1021 2007/09/08
    P670大正教養主義と戦後進歩主義 P694現代日本における学問の危機
  • 茂木健一郎 クオリア日記: 野生のうわーっとしている

    Japan Timesのインタビューの 中で、私は明治以来の日の知識人は 「輸入」ばかりして来たから、 そろそろ「輸出」をした方が良い、 ということを話した。 興味深いことに、日に住む外国人の 方は、この点に反応していて、 「そんなことはない、これとこれとこれは 翻訳されている。私の知り合いで、毎月の ように国際学会に行っている人がいる」 などと指摘してくれた。 視点の違いはどこからくるのだろう、 と考えているうちに気が付いた。 日語ネイティヴとしては、 英語として流通していないものが 膨大にあることを知っている。 ところが、英語圏がベースになっている 人たちは、英語になっているものが これだけあるんだから、流通している じゃないかという印象を持って しまうのだろう。 たとえ、100万のうち10点しか 流通していないとしても、 その10点をもって、流通していると 考える。 なるほど、

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    d1021 2007/06/11
    "毎月学会に行っている、とか、そういうのを「輸出」とは言わないという感覚を、どうしたらわかってもらえるのか。""モートン教授"
  • iza:イザ!

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    d1021 2007/03/21
    "本居宣長""「恋せずば人は心のなからまし物のあはれはこれよりぞ知る」""能や芝居や相撲の見物、花見や紅葉狩や月見、さらには三味線などの稽古事(けいこごと)にも打ち込んだ。きわめつけは茶屋遊びである。"
  • Vol.27 茂木健一郎さん(後編) ブログを活用して世界に向けた発信を目指す: 有名人ブログ:ココセレブ:Specialインタビュー

    インターネットの時代となり、「学歴社会は親のかたき」となった インターネットというのは、誰もが気軽に文章を書き、アップできる場所。手軽にアクセスできるけれど、そこでステイタスを得たり地位を築くのには、とても時間がかかる。つまり、「インターネットを即効性のあるメディアだと勘違いしている人が多いんですが、実は気長に取り組んでいくべきメディアだと僕は思うんです」と茂木さんは言う。 「僕の『クオリア日記』は、小難しいことが書いてあったりするので、有名タレントの日記みたいに天文学的なアクセス数があったりはしません。それでも長く続けていると、少しずつコアな読者が集まってきてくれるんですね。読者を獲得するプロセスというものは、すごく長い時間がかかるわけです。地道に毎日100パーセントの力をブログを書くことに注ぐ。そういう気持ちで取り組んでいます。 アメリカの若者の間では、そこらの学者や作家よりも、アルフ

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    d1021 2007/03/21
    "現地の学者が欲しいのは、引用でつながる仲間意識ではなくて、日本発の発想や思想なんです。日本からしか出ないような、他とは異なる強烈な贈り物を欲しがっているというわけ。""パブリッシュ(publish)""学び中毒"
  • 安倍を熱烈に支持・応援した「似非保守」派の諸君、さて、どーする? - 文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』

    「毎日新聞の24、25日の全国世論調査で、内閣支持と不支持が逆転したことは、国民的人気が「支持基盤」とされた安倍晋三首相の政権運営に暗雲が漂い始めたことを示している。」のだそうである。何を今更…とでも言うしかないが、「保守、保守、保守」と馬鹿の一つ覚えのように喚きつづけて、小泉や安倍の擁護に熱心だった、いわゆる「似非保守」派の連中も、安倍と同様に、ほとんどが馬鹿と阿呆ばっかだということだろう。今となっては、もう批判する気にもならない。人を見る眼がなかったと自覚したら、言い訳なんかやめて、もう十二分に恥を晒しまくったのだから、静かに消えてくれ…(笑)、とでも言うしか言葉はない。いずれにしろ、安倍人の無能無知無学ぶりはともかくとして、安倍に、保守革命の幻想を求め、戦後レジームの超克などを期待した「似非保守思想家」たちの政治的、思想的責任は軽くないだろう。僕は、「意は似せやすく、姿は似せ難し

    安倍を熱烈に支持・応援した「似非保守」派の諸君、さて、どーする? - 文藝評論家=山崎行太郎の『 毒蛇山荘日記(1)』
    d1021
    d1021 2007/02/26
    "「意は似せやすく、姿は似せ難し」という本居宣長の言葉"
  • 極東ブログ: 日本人と進化論

    昭和の時代のことだが、永六輔だったか天皇に和服を着せようと提言していた。日の天皇なのに和服姿というのはないという穿った話だった。宮中儀礼や婚礼の装束も和服のうちでもあろうが、いわゆる和服ではないだろう。天皇の着流しなどは想像もつかない。天皇家は諸事欧風である。日常の事には和も当然あるだろうが、かしこまった席では欧風と決まっているはず。明治時代が作り出した日というのはそういうハイカラなしろものなのだが、平成も十七年にもなるとなんとなく近代日というか日というイメージが随分変わってきたような気がする。 昭和天皇は生物学者でもあった。戦中も自室にダーウィンの肖像を掲げていたと聞く。その業績は同じく生物学者である今上陛下の業績とともに新江ノ島水族館(参照)に展示されている。科学者としての昭和天皇のありようは、北一輝をして「クラゲの研究者」と呼ばわしめたほどだ。 昭和天皇はダーウィニスト、

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