昭和の初期に、外国人観光客を呼び込んで外貨を獲得しようと、当時の鉄道省が作った豪華な客車の内部が、さいたま市の鉄道博物館で初めて公開されました。 公開されたのは、昭和5年に当時の鉄道省が製造した「マイテ39」という定員14人の1等客車です。社交場となる展望室や展望デッキを備えているほか、外国人に日本の文化をアピールするため、内装は黒い漆で塗られた柱や壁に金の飾りをあしらった「桃山式」と呼ばれる豪華なデザインになっています。 製造された当時、外貨を獲得するために外国人観光客を誘致しようと、この豪華客車を使って東京と下関を結ぶツアーが行われたということです。 車内を見学した人たちは、豪華な内装の写真を撮ったり、ソファの座り心地を確かめたりしていました。 訪れた31歳の男性は、「非常に豪華な内装で歴史を感じました。このような列車が走っていたら乗ってみたいです」と話していました。 この客車は、さい
サッチャー元首相は東西冷戦末期の時代にあってアメリカのレーガン大統領と歩調を合わせて反共産主義の旗振り役を務め、その強硬な政治姿勢から「鉄の女」とも称されました。 サッチャー元首相はイギリス中東部の町、グランサムの出身で、オックスフォード大学を卒業後、1959年、保守党から下院議会議員選挙に立候補し初当選を果たしました。 1975年に保守党の党首となり、1979年の総選挙では「小さな政府」による経済の回復を公約に掲げて労働党から政権を奪い、イギリスで最初の女性首相となりました。 サッチャー元首相は、市場経済を重視する政策を進め、電気や電話など、およそ40の国有企業の民営化に踏み切ったほか、金融の規制緩和や大幅な減税を断行し、「英国病」とも呼ばれた不況に陥っていたイギリス経済の活性化に道筋を付けたことが高く評価されています。 また、東西冷戦末期の時代にあってアメリカのレーガン大統領と歩調を合
鹿児島県は8日、マダニを介して感染する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスに県内の成人女性1人が感染し、死亡したと発表した。 厚生労働省によると、国内での感染は10件(うち死亡6件)となった。 県によると、女性は3月下旬に体調不良を訴えて県内の医療機関に入院し、今月に入り死亡した。発熱に加え、血小板や白血球の減少などSFTSが疑われる症状が出ていたため、国立感染症研究所(東京)に血液を送って調べたところ、感染が確認された。女性に渡航歴はなく、国内で感染したとみられるという。
原子力行政の在り方などを議論する衆議院の「原子力問題調査特別委員会」の審議が初めて行われ、参考人として出席した国会事故調査委員会の元委員長らは福島第一原発の事故は収束していないとして、国会による原子力行政への監視の必要性を改めて求めました。 原子力問題調査特別委員会は東京電力福島第一原発事故の調査に当たった国会事故調査委員会の提言に基づき、衆議院の常設の委員会として設置されたものです。 8日、初めて行われた審議では、調査委員会の元委員9人が参考人として出席し、黒川清元委員長は、福島第一原発での燃料プールの冷却停止や汚染水漏れのトラブルに触れ、「事故は収束していない。調査委員会の提言を着実に実行してほしい」と訴えました。 続いて野村修也元委員が「電力事業者のとりことなって事故を防げなかった原子力の規制組織を独立性や専門性の高いものにするために、国会が主体的に原子力行政を監視するべきだ」と求め
冬の間、閉鎖されていた福島市にある観光道路「磐梯吾妻スカイライン」の通行が再開され、ドライバーたちが次々とゲートをくぐりました。 「磐梯吾妻スカイライン」は、福島県と山形県との県境にそびえる吾妻連峰を南北に走る全長28.7キロの観光道路で、除雪作業が終わり、8日から通行できるようになりました。 震災と原発事故で落ち込んだ観光客を呼び込むため、ことしも無料で開放され、北側の料金所では開通を祝う式典が行われました。 料金所では、一番乗りをしようと6日から開通を待っていた会津坂下町の五十嵐一雄さんに記念の品が贈られました。 そして午前10時に通行再開を知らせる花火が打ち上げられると、並んでいたドライバーたちは小雪が舞う中、次々と出発していきました。 磐梯吾妻スカイラインは、道路沿いに壁のように高く積もった「雪の回廊」を走り抜けることで知られています。 福島県道路公社によりますと、ことしもほぼ例年
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