2016年02月28日09:59 カテゴリ 1マスの違い 森内俊之と久保利明の将棋は二人らしい粘り強い激戦の末に最終盤をむかえていた。 久保が▲9六銀と打つ。後手玉への詰めろである。しかし、先手玉も既に危ない。森内はわりと落ち着いた感じで先手玉を詰ましにかかる。 数手進んで久保が静かに駒台に手を置いて投了の意思を示した。 その瞬間に、森内の残留と久保の陥落が決まった。 重苦しい沈黙が続く。狭い対局室の空間も時間も完全に凍結され、その場にいあわせていた人間も物体も死の沈黙に包みこまれて一切の動きを禁じられている。勿論対局者二人もかたまったままだ。 ふと、久保が9六にいる銀を1マス横に移動させて▲8六銀をパチリと指す。 そして小声で、 ――こっちでしたかね。 ――えっ…銀ですか? 森内がこの極限の緊迫状況のもとでも、人の良さが滲みでずにはいないハッキリした声で答える。 ほんの一瞬だけ場の空気が