思ってたのと違う……。林を抜けハティエの城を見た文武の頭に最初に浮かんだ感想だった。もちろん豪奢な宮殿みたいな城をもらえるとは思っていなかった。規模が最小限のものなのはしかたないだろう。しかし、城の文字がイメージさせる姿と比べるとあまりにも…… 「ボロっ……」 同行する現地の人々に聞こえない声で呟いてしまった。ソラトの総督は苦しい台所事情の中から護衛をつけてくれた。道中で四人に何かがあったら、その罪を被せられかねないからだが、守られている方は分かっていなかった――真琴以外は。他にも討ち死にした前城主の従者も数人同行している。遺体は残りの家臣に守られて後から来る予定だった。 途中で立ち寄ったソラトの市街を取り巻く城壁は石造りの立派なものだった。一方、ハティエ城を囲む城壁は『丸太』である。丁寧に上の方を尖らせてある丸太は風雨に打たれて変色していた。そんな丸太が地面に突き刺して隙間なく並べてある
やっと四人で打ち合わせるチャンスが巡ってきた。布で周囲から区画された場所に案内されて、真琴は他の三人に小声で話しかけた。周囲にいる『王子様』の部下は当然聞き耳を立てているが。 「ともかく元の世界に帰る方法を探しましょ。異論は?」 女性陣は頷いたが白一点の男子は何か物言いたげだった。見つめられた彼――文武は口を開いた。 「ないけれど、すぐに帰れると思う?」 真琴は内心苛立った。自分だって簡単に帰れるとは思っていない。時間が掛かるからこそ大方針が必要なのだ――流石に少し自分も冷静さを欠いているかもしれない。息を整えて説明する。 「簡単には帰れないでしょうね。でも、ここに私達の立場を分かってくれる人はいないんだから、せめて四人全員は力を合わせましょ」 正論だけに反対できないことを言う。みなまで口にはしないが、真琴にはいくつか懸念があった。最大のものが姉弟とその他で派閥に分かれてしまうことである。
綬葛司(じゅかつつかさ)は武装した男たちに囲まれて怯えていた。先輩たちも一緒なだけマシだが、他殺死体を見てしまったショックはあまりにも大きい。エレベーターから出るときは先輩がメガネを外して目隠しをしてくれたのだが、そもそもここは戦場である。 歩くために目隠しを外した先にもそこら中に亡骸が転がっていた。吐かなかったのはエレベーターの振動に揺すられて軽く酔っていたおかげな気がした。 ほとんど周囲を気にする余裕はなかったが先輩たちも酷く動揺しているように見えた――ひとりを除いて。 姉弟らしき二人の先輩は顔色が少し青ざめ気丈に振る舞う様子が端々に見られたのに対して、栗色の髪をした先輩は平然とした素振りを保っていた。司にあまり観察の余裕がないせいかもしれないが、虚勢を張っているなら見事な虚勢に思えた。 (ポーカーやったら強いんだろうなぁ……) 彼女の様子を見ていたら少し気持ちが落ち着いてきた。その先
いきなりエレベーター内の重力が戻った。しかも、落下方向とは垂直の方向に。身体が瞬間的な落下を経験するがそれほどの痛みはない。 湯子は真っ暗になった世界で、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませた。 壁の外で風を切る音がする。落下とさして変わらぬタイミングで衝突が始まっていた。エレベーターの壁面に何か外が固くて中が柔らかいものにぶつかり、轢き潰し、乗り越えていく衝撃が絶え間なく走る。ひどく埃っぽい臭いがエレベーターの中に入ってくる、血の臭いを伴って。 風切り音はいつしか悲鳴に入れ替わっていた。それとも最初から悲鳴であったのか?記憶を確かめる余裕はなかった。衝突のブレーキが掛かったことでエレベーターに乗っていた四人は一箇所に集められていた。 一瞬だけ静寂が生じる。すぐに苦痛に呻く人々のすすり泣きが空白を埋めていく。 「ね……みんな怪我はない?」 弟がいち早く安否を確認してきた。 「大丈夫」「……はい」 「
エレベーターの落下はいつ果てるともなく続いていた。四階から降りる途中に墜落が始まったのに、数分以上の落下が続いている。とっくの昔に地面に激突していなければおかしい状況だ。 「自由落下って本当に無重力になるんだ……」 鳴条湯子(めいじょうとうこ)は感情のこもらない声で呟いた。意識も重力の制約から解放され、宙を彷徨っているようだった。長い黒髪があらゆる方向に広がっている。彼女の命まで拡散していくように感じて、弟の鳴条文武(めいじょうふみたけ)は姉の首を後ろから抱くようにして腕が届く範囲の髪を捕まえた。 「むぎゅっ」 姉の身長は弟の胸より少し低いくらいしかなかった。押さえつけられて気の抜けた声が出る。衝撃を覚悟して緊張していた文武の身体から力が抜ける。それでやっとエレベーターの中を見回す余裕ができた。 そもそも電気が途絶せず、照明がつきっぱなしなことが不思議だった。 自分たち姉弟の他には二人の女
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く