aikoを聴いてぼんやりと浮かべる、音楽って無条件で楽しいとは決して思わない。総じてそういう感情や、感情が発生するような生活と乖離してるのでは、という問い、懐疑がある。ひとまず穏当な言い方をしているつもりだ。懐疑だし、そう望んでいるし、いずれそれは諸価値の破壊につながることになる、と考えてる。まだ穏当である。何にせよ胸のうちだけで望むのは思うのは勝手で、そしてそうあることを開き直ることも、そしてそしてそれらの勝手の一連が、厳密にその限りで社会的に容認されることも、その依拠するところやスケールこそ違えど、やはり勝手の範疇であるだろう。うっすらくどく言い訳じみた言い分になりそうだが、そのぼくの勝手はそれ自体ではまったく社会的な価値でないし、ぼくはそうあることを求めるものでもない。ただの独善的な(とても都合よいように言えば形而上的な)独り言だ。 もう一つ都合よく表現してみて、それら独善を純粋さと