タグ

林建紀に関するdot_asahiのブックマーク (12)

  • 第65回 『ザ・ブルーノート・ライヴ』トニー・ウィリアムス | AERA dot. (アエラドット)

    『Tokyo Live』Tony Williamsこの記事の写真をすべて見る 第63回の前置きで、バブル崩壊の始まりを「多くが実感するのは早くて92年だったように思う」と述べた。確かに、数字に崩壊の前兆が窺える。1992年に来日したのは216組と、前年から15%減だった。1990年の265組から91年の255組への減少に比べて下げ幅は大きい。それでも、未曾有の来日ラッシュが始まった1989年の190組には勝っている。兆しは表れていたが、まだ行け行けドンドンだったのだろう。54組のフュージョン/ワールド/ニュー・エイジが首位をキープ、46組の新主流派/新伝承派/コンテンポラリー、42組の主流派、31組のヴォーカル、16組のR&B/ファンク系、15組のフリー、8組のビッグバンド(スイングが3組にモダンが5組)、4組のトラッド/スイングが続く。順位はこれまでと大差ないが、R&B/ファンク系がアシ

    第65回 『ザ・ブルーノート・ライヴ』トニー・ウィリアムス | AERA dot. (アエラドット)
  • 第64回 『デア・デヴィル』ペーター・ブロッツマン | AERA dot. (アエラドット)

    『デア・デヴィル』ペーター・ブロッツマンこの記事の写真をすべて見る ユーロ・ジャズでこれまでに取り上げたのは「第47回『ヤーパン・ヤーポン』ミシャ・メンゲルベルク&ICPオーケストラ」にとどまる。推薦盤でやっと2作目というわけだ。スティーヴ・レイシーほかの移住組を含めると作品数は結構あるが、当地出身者に限ると1970年から91年までは17作しかない。15作を選外としたわけで、うち11作がフリー/インプロ系というのが効いた。詳細は【ユーロ・ジャズ選外リスト】に譲るが、最多は入手難の7作、6作がフリー/インプロ系だ。枚数の限られた自主制作盤とくれば無理もない。次に、日以外での録音と組み合わせたコンピが3作、入手難と重複するが複数年の録音からなるコンピが1作あった。前者の1作を除いてフリー/インプロ系だ。思うに、一発勝負だからこそ出来を優先するとコンピに仕立てる確率が高くなるのでは。「名盤」に

    第64回 『デア・デヴィル』ペーター・ブロッツマン | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2016/07/21
    【ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第64回 『デア・デヴィル』ペーター・ブロッツマン
  • 第63回 『オパス・デ・ファンク』ジュニア・マンス・アンド・フランク・ウェス | AERA dot. (アエラドット)

    第63回 『オパス・デ・ファンク』ジュニア・マンス・アンド・フランク・ウェス 林建紀[ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編] 『オパス・デ・ファンク』ジュニア・マンス・アンド・フランク・ウェス この記事の写真をすべて見る バブル崩壊は1991年10月に始まったとされるが、筆者が属していたIT業界では1年早く始まった。稼ぎ頭だった金融機関のシステム開発案件が次々に凍結され、営業の筆者などは1週間で白髪が激増するほどの憂き目を見る。一般には1991年になっても崩壊が始まったという認識はなく、多くが実感するのは早くて92年だったように思う。というわけで、1991年も空前の来日ラッシュとなった前年に次ぐ255組が訪れた。67組のフュージョン/ワールド/ニュー・エイジが首位をキープし、60組の主流派、41組のヴォーカル、38組の新主流派/新伝承派/コンテンポラリー、29組のフリー、10組のビッグバ

    第63回 『オパス・デ・ファンク』ジュニア・マンス・アンド・フランク・ウェス | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2016/06/13
    【ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第63回 『オパス・デ・ファンク』ジュニア・マンス・アンド・フランク・ウェス
  • 第62回 『枯葉~メル・トーメ・ライヴ・イン・ジャパン'90』 | AERA dot. (アエラドット)

    『枯葉~メル・トーメ・ライヴ・イン・ジャパン'90』この記事の写真をすべて見る 再びメル・トーメの登場だ。連載1回おいての再登場は前例がないが、出来がいいので迷わず取り上げることに。彼の1980年代の快進撃を伝える名盤だ。トーメの絶頂期は『シングス・フレッド・アステア』(Bethlehem/1956)、『アット・ザ・クレッシェンド』(同/1957)、『スイングス・シューバート・アレイ』(Verve/1960)などの名盤を残した1950年代半ばから60年代初めというのが定説だったが、なんと老境にさしかかった80年代に第二の絶頂期を迎えた。『ニューヨーク・マイ・ハート』(Finesse/1980)を皮切りに、ジョージ・シアリング(ピアノ)と組んだ『イヴニング・ウィズ』(Concord Jazz/1982)と『トップ・ドロウアー』(同/1983)、マーティ・ペイチ(編曲)と組んだ『リユニオン』(

    第62回 『枯葉~メル・トーメ・ライヴ・イン・ジャパン'90』 | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2016/05/16
    【ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第62回 『枯葉~メル・トーメ・ライヴ・イン・ジャパン'90』
  • 第61回 『アントレ・ヌー』フランク・ウェス・オーケストラ | AERA dot. (アエラドット)

    『Entre Nous』Frank Orchestra Wessこの記事の写真をすべて見る 1989年は前年から64組、50%増となる190組が来日した。なんとも凄まじくバブリーというほかない。51組のフュージョン/ワールド/ニュー・エイジが引き続き首位で、38組の主流派、37組のヴォーカル、31組の新主流派/新伝承派/コンテンポラリー、15組のフリー、12組のビッグバンド(スイングが4組にモダンが8組)、4組のスイング、2組のR&B系が続く。フリーとモダン・ビッグバンドが倍増したが、前年が数組なので重要ではない。注目すべきはヴォーカルの76%増で、バブルのほどを雄弁に物語っている。シナトラまでが来日、チケットは20万円に吊りあがったという。恒例のサマー・ジャズ・フェスティヴァルは週末毎に台風に見舞われ中止が相次ぐなか、期待の「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」「ニューポート・ジャズ・フェステ

    第61回 『アントレ・ヌー』フランク・ウェス・オーケストラ | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2016/04/11
    【ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第61回『アントレ・ヌー』フランク・ウェス・オーケストラ
  • 第60回 『イン・コンサート・東京』メル・トーメ&マーティ・ペイチ・デクテット | AERA dot. (アエラドット)

    第60回 『イン・コンサート・東京』メル・トーメ&マーティ・ペイチ・デクテット 林建紀[ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編] 『In Concert Tokyo』この記事の写真をすべて見る 後藤雅洋さんの最新コラムに大いに頷いた。優れた歌手は優れたパフォーマーなのだ。いや、必須条件と言いたい。クラブであれホールであれ、歌唱はもちろん、機知に富んだ進行や計算されたアクション、練達のパフォーマンスが聴衆との交感を高め優れた結果につながることが多いのである。エラ、サラ、カーメンの傑作にライヴ盤が少なくないのは偶然ではない。男性ではシナトラとベネットが、ジャズ専業ならメル・トーメが筆頭だ。思いつつくままにあげても、2作ある『アット・ザ・クレッシェンド』(Coral/1954, Bethlehem/1957)、『アット・ザ・レッド・ヒル』(Atlantic/1962)、『ライヴ・アット・ザ・メゾ

    第60回 『イン・コンサート・東京』メル・トーメ&マーティ・ペイチ・デクテット | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2016/03/07
    【ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第60回 『イン・コンサート・東京』メル・トーメ&マーティ・ペイチ・デクテット #林建紀 #コラム #音楽 #ジャズ https://t.co/jJaxSWHBZe
  • 第59回 『ライヴ・アット・ピットイン』サン・ラ・アーケストラ | AERA dot. (アエラドット)

    『ライヴ・アット・ピットイン』 サン・ラは古代エジプトの「太陽神」、アーケストラはアーク:方舟とオーケストラの造語だ。1914年5月22日に地球救出の命によりバーミンガムに降臨したとされる。ファンの二極化にかけては、サン・ラは前回のジョージ・ラッセルどころではなかろう。夥しい数の作品を追う者がいる一方で、作品を一作たりとも聴いたことのない者もいる。知名度の問題ではあるまい。周りのジャズ・ファンではない者でも知っているのだから。思うに「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」に先駆けた宇宙+古代エジプト趣味、汎ブラック・ミュージックというべき楽想、黒人芸能の伝統を体現したパフォーマンスが下手物のような先入観を与えるのではないだろうか。そういう意味では我がローランド・カークに似通う。カークといえば、サン・ラは名前をパクられたと思っていた節がある。「サン・ラ、サン・ラ」と唱え続けると、たしかにラサ

    第59回 『ライヴ・アット・ピットイン』サン・ラ・アーケストラ | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2016/02/01
    【ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第59回 『ライヴ・アット・ピットイン』サン・ラ・アーケストラ
  • 第58回 『ニューヨーク』ジョージ・ラッセル | AERA dot. (アエラドット)

    『NEW YORK』George Russellこの記事の写真をすべて見る 1988年は前年から3組、微増ではあるものの126組が来日した。多くが好景気を感じ始めたとされる同年からバブル絶頂の1990年までにはまだ間があったわけだが、ジャズ・ミュージシャンの凄まじい来日ラッシュは早くも絶頂を迎えていたように映る。32組のフュージョン/ワールド/ニュー・エイジ系が首位を守り、30組の新主流派/新伝承派/コンテンポラリー系、26組の主流派、21組のヴォーカル、8組のフリー、各4組のスイング・ビッグバンドとモダン・ビッグバンド、1組のディキシー系が続く。サマー・ジャズ・フェスティヴァルは「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン・斑尾」「マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァル」などの35フェスが開催され、前年の記録を2万人も上回る27万人あまりを動員した。「

    第58回 『ニューヨーク』ジョージ・ラッセル | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2015/12/22
    【ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第58回 『ニューヨーク』ジョージ・ラッセル
  • 第57回 『ピック・ヒッツ・ライヴ』ジョン・スコフィールド | AERA dot. (アエラドット)

    『Pick Hits LIVE』THE JOHN SCOFIELD BANDこの記事の写真をすべて見る ビル・フリゼール(1951年生まれ)、ジョン・スコフィールド(51年生まれ)、パット・メセニー(54年生まれ)を当代三大ギタリストとすることに異論はなかろう。ともに初老の域だが、悪しき円熟とは無縁の瑞々しい感性を誇り、異彩を放つサウンドで刺激を与え続けてくれている。共通するのはやすやすとジャンルを超える柔軟性だろう。それぞれがビル・フリゼールというジャンル、ジョン・スコフィールドというジャンル、パット・メセニーというジャンルを打ち立てたとすら思える。こうした柔軟性はギターの汎用性に由来するのではないか。世にギター族なるものがいて、弾くにせよ聴くにせよ、ギターであればジャンルを問わない。3人とも、とにかくギターを弾くのが好きで好きでたまらないといった感じだ。また、管楽器にはおよばないが抱え

    第57回 『ピック・ヒッツ・ライヴ』ジョン・スコフィールド | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2015/12/01
    【ライヴ"・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第57回 『ピック・ヒッツ・ライヴ』ジョン・スコフィールド
  • 第56回 『トリビュート・トゥ・ジョン・コルトレーン~セレクト・ライヴ・アンダー・ザ・スカイ'87“10thスペシャル”』 | AERA dot. (アエラドット)

    TOPdot.オリジナル第56回 『トリビュート・トゥ・ジョン・コルトレーン~セレクト・ライヴ・アンダー・ザ・スカイ'87“10thスペシャル”』 第56回 『トリビュート・トゥ・ジョン・コルトレーン~セレクト・ライヴ・アンダー・ザ・スカイ'87“10thスペシャル”』 林建紀[ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編] 『トリビュート・トゥ・ジョン・コルトレーン~セレクト・ライヴ・アンダー・ザ・スカイ'87“10thスペシャル”』この記事の写真をすべて見る 朗報である。夏の野外フェスを代表した「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」で録られた諸作中で一、二を争う傑作と伝えられながらも長らく廃盤となっていた『トリビュート・トゥ・ジョン・コルトレーン』が実に23年ぶりに再発されるのだ。もっとも、映像版が先行したせいか、その再発が長く絶えることはなかった。DVDは容易に入手できるのにCDは超入手難、逆転

    第56回 『トリビュート・トゥ・ジョン・コルトレーン~セレクト・ライヴ・アンダー・ザ・スカイ'87“10thスペシャル”』 | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2015/10/26
    【コラム ライヴ"・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第56回 『トリビュート・トゥ・ジョン・コルトレーン~セレクト・ライヴ・アンダー・ザ・スカイ'87“10thスペシャル”』
  • 第55回 『ライヴ・アット・ザ・サムデイVolume 1』スティーヴ・グロスマン | AERA dot. (アエラドット)

    第55回 『ライヴ・アット・ザ・サムデイVolume 1』スティーヴ・グロスマン 林建紀[ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編] 『ライヴ・アット・ザ・サムデイVolume 1』スティーヴ・グロスマンこの記事の写真をすべて見る 1987年は前年から20組、約19%増しの123組が来日した。ショーターやハービーなど7組は2度は訪れている。凄まじい来日ラッシュはバブルの絶頂にも思えるが、多くが好景気と感じるのは翌年からだった。31組のフュージョン/ニュー・エイジ系が首位に返り咲き、30組の新主流派/新伝承派、28組の主流派、12組のヴォーカル、7組のフリー、6組のトラッド/スイング系、5組のビッグバンド(スイング、モダン)、4組のクラブ/ファンク系が続く。夏の野外フェスは「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン・斑尾」「マウント・フジ・ジャズ・フェスティ

    第55回 『ライヴ・アット・ザ・サムデイVolume 1』スティーヴ・グロスマン | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2015/10/02
    【ライヴ・イン・ジャパン 名盤選:ジャズ編】第55回 『ライヴ・アット・ザ・サムデイVolume 1』スティーヴ・グロスマン
  • 第53回 『ヴォーカリーズ・ライヴ』マンハッタン・トランスファー | AERA dot. (アエラドット)

    『Vocalese Live』The Manhattan Transfer 1986年は前年から32組、実に35%増しの延べ103組が来日した。ハービー、チック、キースなど8組は2度は訪れている。バブル期の開始は同年12月とされるが、来日ラッシュからは既に始まっていたと言えそうだ。主流派が33組と大躍進、19組のフュージョン/ニュー・エイジ系、16組の新主流派/新伝承派、各13組のフリー系とヴォーカル、4組のディキシー/スイング系、3組のクラブ/ファンク系、2組のビッグバンド(スイング、モダン)が続く。野外フェスでは「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン・斑尾」「マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァル」などが開催され延べ30万人もの観客を動員、「富士通コンコード・ジャズ・フェスティヴァル・イン・ジャパン」もこの年に始まっている。空前のジャズ・ブーム

    第53回 『ヴォーカリーズ・ライヴ』マンハッタン・トランスファー | AERA dot. (アエラドット)
    dot_asahi
    dot_asahi 2015/08/24
    【コラム ライヴ・イン・ジャパン名盤選:ジャズ編】第53回 『ヴォーカリーズ・ライヴ』マンハッタン・トランスファー
  • 1