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ほぼ日に関するempty-emptyのブックマーク (12)

  • 人の話を聞くということ。 - ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 人の話を聞くということ。 2010-06-21 いつのまにか、ぼくは、 人の話を聞くことが、仕事のようになっていた。 「インタビュアー」と名乗ったこともないし、 「聴き手」だとか「対談者」という仕事でもない。 「取材者」というわけでもない。 でも、人の話を聞くことは、 いまではもう、ぼくの生き方のようにさえなっている。 特に、「ほぼ日」をスタートさせてからは、 人と会うこと、人の話を聞くことは多くなった。 話を聞くということの合間には、 流れのなかで、じぶんも話すこともある。 ときには、じぶんのしゃべる分量のほうが、 多くなることもある。 それでも、ぼくの意識としては、 対談というのは「聞く」時間なのである。 これだけたくさん人の話を聞いてい

    人の話を聞くということ。 - ダーリンコラム
  • 理解されないという誤解。 - ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 理解されないという誤解。 2010-05-17 じぶんが、たとえばフォークシンガーだったとしたら、 つまり僭越ながら、ひとりのボブ・ディランだったとしたら。 じぶんが、たとえば演歌の歌手だったとしたら、 えーっと、恐れ多くも美空ひばりだったとしたら。 じぶんが、たとえば歴史上の大英雄だったとしたら、 もうしわけないけど、カエサルさんだったとしたら。 つまりその、 ボブ・ディランだったとしたら、 「なに歌ってるんだか、よくわかんなぁーい」と、 言われることはおおいにあると思うんだよね。 そしてまた、せっかく美空ひばりだったとしても、 「演歌なんて、ださいんじゃない? なに? お嬢って?」とか、 好き勝手なこと言われることも目に見える。 そして、

    理解されないという誤解。 - ダーリンコラム
  • <「おもしろいもの」はいっぱいある。>:ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 「おもしろいもの」はいっぱいある。 2010-03-08 「おもしろいものがない」であるとか、 「おもしろくなくなった」というようなことを、 よく人は言うものだ。 人が言う、というよりは、 メディアが言うのかもしれない。 実は、ぼくもさんざん言ってきた。 しかし、それは、 「あたらしいおもしろいものがない」 ということなのではないだろうか。 「おもしろい」とか「うつくしい」とか、 人びとが価値を感じるものについては、 そんなに大量生産品のように、 いくらでも「あたらしい」ものをつくれるものではない。 歴史的に知られた芸術家の作品などでも、 ぜんぶで何点あるのかわかっていて、 それは数えられるほどでしかない。 あたりまえのことだ。 それは絵画に

    <「おもしろいもの」はいっぱいある。>:ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム
  • <溜めてばっかりの人たち。>  ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 溜めてばっかりの人たち。 2009-11-09 ずいぶん前に、トレーナーのケビン山崎さんが、 こんなことを言っていた。 「みんな一所懸命にワークアウトして、 ボディを鍛えるのはいんだけど、 それでゴルフがうまくなりたいとか、 野球でもっと活躍したいとか、 そういうのはないのかな、と不思議なんですよ。 ナイスなボディつくって、 それでどうしたいっていうのを、 日の人たちはあんまり思わないんですかね」 アメリカで育ったケビンさんは、 なにかと日人の気持について不思議がっていた。 「目的がないのに、ボディを鍛える人々」というふうに 思われている日人のなかには、ぼくも入っていた。 スポーツの選手たちは、アマチュアでもプロでも、 どうなりたいとい

    <溜めてばっかりの人たち。>  ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム
  • <ほんとに成功する法則。>ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 ほんとに成功する法則。 2009-08-03 お、ひさしぶりだな。 元気だったかい。 そうか、元気でなんか読んでるのかい。 ビジネスを中心に読んでるのか、ふーん。 ビジネスっていうのは、 なんだか要するに「成功」について書いてあるみたいだね。 「成功」した人や会社の例を研究したり、 その「成功」にどういう新しい発見があったかとか、 「成功」するには、おれのようにしなさいとか、 だいたいは、そういうテーマだよ。 いろいろあるけど、「成功」がテーマなんだよな。 でさ、「成功」って、 これまた法則があるんだよな。 いわゆる「成功の法則」というものは、あります。 たしかにあるんだよ。 教えろ? 言われなくても教えるよ。 すぐ教えちゃう。 これさ

    <ほんとに成功する法則。>ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム
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    empty-empty 2009/08/04
    糸井さんっぽい。
  • 吉本隆明さんの語った 「10年、毎日続けたらいっちょまえになる」の話 (後編) - ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 吉隆明さんの語った 「10年、毎日続けたらいっちょまえになる」の話 (後編) 2008-12-08 前回のつづき。 吉隆明さんが「10年、毎日続けたらいっちょまえになる」と、 断言したことに、ああそういう根拠があったのか、と、 ぼくのなかで何かがつながった話が、後編ということになる。 いったん、前の話を忘れていてかまわない。 吉さんが話すことを、 ちゃんとわかっているのかどうか、 はなはだ心もとないのだけれど、 とにかく、たし算したらかなりの時間、ぼくは聞いていた。 それなりの長い時間、聞いていると、 さまざまな、別々と思われた話題のなかで、 くりかえし出てくる「法則」のようなものがあることがわかる。 たとえば、「比叡山から下りる」とい

    吉本隆明さんの語った 「10年、毎日続けたらいっちょまえになる」の話 (後編) - ダーリンコラム
  • ほぼ日刊イトイ新聞 -体温のある指導者。

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    empty-empty 2009/07/03
    人に認められるというのは、 人間が立ち直るいい機会になりますね。
  • ほぼ日刊イトイ新聞 -体温のある指導者。

    empty-empty
    empty-empty 2009/07/03
    同じ釜の飯。リーダーは、全員に気をまわす。
  • ほぼ日刊イトイ新聞 -体温のある指導者。

  • ポテンヒットと共に。|ほぼ日刊イトイ新聞 - ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 ポテンヒットと共に。 2009-06-08 ひさしぶりだな、まぁ、座れや。 特にお茶とか出さないけどな。 かならずお茶がでるもんだと思ったら、大まちがいだ。 出るときもある、出ないときもある。 いつも、あそこの家のお茶はうまいね、なんてさ、 言われるようじゃいけないよな。 当てにされ茶、いけない。お茶ぐらいのことをさ。 今日はな、人生の大切を語るぞ。 おおげさに聞け。 あのな。 人の人生はな、ポテンヒットの数で決まる。 いいだろう。これ。 ホームランだとか、ヒットの数だとか、 出場回数だとか、打点だとか、いろいろとさ、 わかりやすいお手柄というものがあるけれど、 ポテンヒットの多い人間が、いちばんいいんだ。 ポテンヒットというのは、 当たりも

    ポテンヒットと共に。|ほぼ日刊イトイ新聞 - ダーリンコラム
    empty-empty
    empty-empty 2009/06/24
    感覚的にわかるポテンヒットのよさ。
  • ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

    受験のテクニックとして、小論文の書き方を勉強した? その後は、ナイスなテキストを書いていますか? 考えること伝えることの愉快を、ここで味わいましょう。 ありがたいことに、小論文というものを 考えたり、たのしんだり、たくさん読んできた カジュアルで優しい先生がいるんです。 さぁ、山田ズーニー先生、お願いしまーす。

    ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。
  • ほぼ日刊イトイ新聞 - 広告サミット

    手紙を入れたんです。 『ローリング・ストーン』っていう雑誌は、 “ジャパン”だとは言え、 ジャニス・ジョップリンだとか、 ザ・フーだとか、 ザ・ローリング・ストーンズとか、 そういう人たちのことを書く アメリカの雑誌だから、 その波に乗るっていうのは アーティストにはうれしいはずですよ。 そういう手紙を書いて、 部屋でメシもわずに待っていたところ、 リーダーの宇崎(竜童)さんが、 コーラを片手にノックして入って来たんです。 アポもない、あてもない。 でも、インタビューがとれた。 沖縄のツアーについてまわって取材して、 前編後編の記事にしたんです。 それを見た編集者が 「あのレポートを書いた糸井くん、 矢沢永吉のを作りませんか」と…… 「やるよ!」と。 どちらの仕事も、 そんなことをやる余裕があったんです。 カネはないんですけど、 時間があったから、自分を フル回転してやりたいことに投入

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