パ・リーグのクライマックスシリーズ(CS)進出を巡る熾烈な争い。2位ロッテの伊東勤監督(51)、3位ソフトバンクの秋山幸二監督(51)、4位西武の渡辺久信監督(48)はいずれも同時期に西武でプレーし、黄金時代を築いた中心選手たちです。 特に伊東、秋山両監督は同郷の同い年。1980年夏の高校野球の熊本県県大会決勝では「3番・捕手伊東」を擁する熊本工が「4番・投手秋山」を擁する八代高を下して、全国大会への切符をつかみました。 秋山監督はこの秋にドラフト外で入団し、すぐに野手転向。伊東監督は4年制の定時制課程だったので、西武の囲い込みで所沢高に転校後、翌81年のドラフトで1位指名されました。ちなみにこの年の2位は私です。 現役当時は伊東監督のほうがより鮮明に、秋山監督に対して「負けたくない」というライバル心を抱いているように、私の目には映りました。 時は流れ、2009年から秋山監督がソフトバンク