Back Index Next 「御用とあればこちらから馳せ参じましたものを」 如才ないあいさつとはいえないが、私は一応、筋を通した。 「こっちの用だから、それはかまわない。それより伯爵、無腰で歩いて不安じゃない? じゃなきゃよっぽど腕に自信でもあるとか?」 彼女の視線が腰におち、私は苦笑でそれを受け流した。 「そうではありません。この街で私を襲うものがあるとすれば、流れ者だけですよ。 身構えれば身構えるほど、相手も緊張するものです。幸いなことに、この街に住む者であればみな私の顔を知っています。私は金銭も持ち歩いていませんし、指輪も何もしていない。私から奪えるものがあるとすれば、この命だけです」 無論、小刀だけは男子の嗜みとして差していたが、それは貴族の男がもつものとはいえない日用品だ。 私は街中で何かを欲しいと思い立てば、神殿のツケで払う。飲み物は葡萄酒を携帯しているし、潔斎のため予定に