建築家・白井晟一設計の個人住宅「桂花の舎」が江之浦測候所に移築へ建築家・白井晟一が晩年に設計した個人住宅のひとつである「桂花の舎(けいかのいえ)」。これを小田原文化財団 江之浦測候所のある「甘橘山」に移築するプロジェクトが始まった。 桂花の舎 Photo by Yasushi Ichikawa 渋谷区立松濤美術館などの設計で知られる建築家・白井晟一が晩年に設計した個人住宅のひとつ「桂花の舎(けいかのいえ)」。これが杉本博司による小田原文化財団 江之浦測候所に移築される。 桂花の舎は、大和市・中央林間に建てられたもの。白井はこの家の完成を待たずに1983年に逝去したため、白井晟一研究所に引き継がれ、竣工した。施主は画家で、デザインや予算などに一切制限を設けないという条件で設計されており、随所に使われている栗材などにその痕跡が見られるという。この建築はその後、地区の宅地開発によって解体の危機に
May 20, 2024 | Architecture | casabrutus.com | photo_Satoshi Nagare text_Tatsuo Iso 閉館や解体を迎える、または検討されている国内の名建築を紹介する連載『もうすぐなくなる日本の名建築』。第3回目は桂建築設計事務所(現・桂設計)の手がけた〈日比谷公園大音楽堂〉を訪ねます。「野音」の愛称で親しまれ、音楽の聖地として長きにわたり愛される音楽堂の歴史をひもときながら、その建築の魅力に迫ります。 「野音(やおん)」の名前で親しまれている、日比谷公園内にある大音楽堂は、東京のど真ん中にあって、光と風を感じながら生の音楽を楽しめるユニークな施設だ。ここでは幾多の著名なミュージシャンが、歴史に残る名演を繰り広げてきた。日比谷公園が段階的な再整備を進めているなかで、この施設も建て替え工事に入ることが予定されている。音楽ファ
東京 武蔵野市にある、昭和初期に建てられた近代モダニズム建築の特徴を残すかつての実業家の邸宅が国の登録有形文化財に登録されることになりました。 国の登録有形文化財に登録されることになったのは、明治生まれの実業家で学術研究の支援に力を入れた赤星鉄馬の旧邸宅です。 この旧邸宅は、戦前から戦後にかけて活躍したチェコ出身の建築家、アントニン・レーモンドが設計し昭和9年に建てられた鉄筋コンクリート造りの建物で、近代モダニズム建築の特徴を残す貴重な建造物として評価されています。 建物と土地は戦後、カトリック系の団体が所有し修道院として使われてきましたが、去年2月、武蔵野市がこの団体から建物を譲り受け、国の登録有形文化財への登録を目指していました。 武蔵野市は「歴史的、文化的な価値が認められてうれしい。この財産を市民が享受できるように活用したい」としています。
七重の威容を誇ったとされながら現在は基壇跡だけが残る東大寺(奈良市)の東塔について奈良文化財研究所は、鎌倉時代に再建された際の姿を示す復元原案を作成し2日、紀要2020で発表した。高さ約96メートルと想定し、建築様式の異なる2案を提示している。 東大寺東塔は奈良時代、大仏殿の南東に創建。平氏の南都焼き討ちで焼失後、鎌倉時代に再建されたが、雷火で再び焼けたとされる。 案の作成は東大寺からの受託研究で、最終的には創建時の案を作ることを目指している。今回の案では、基壇と建物本体の規模は平成27年の発掘成果からそれぞれ一辺約27メートル、約16・8メートルとし、高さは塔があった当時の文献に「高三十二丈」とあることから約96メートルと想定した。 鎌倉時代の再建は大勧進職(だいかんじんしき)として指揮をとった僧の重源(ちょうげん)、栄西、行勇(ぎょうゆう)へと引き継がれた。重源と栄西による現存建築はそ
※この記事は、地震と建物の倒壊を取り扱っており、災害を想起させる表現を多く含みます。予め、ご了承ください。 年に何度か訪れる、防災について考える機会が多い季節になって参りました。 2021年も、震度4〜5程度と、大きめの地震が10件ほどありました。 地震だけでなく台風や土砂崩れなどの水害も多い、「災害大国」と呼ばれる国……日本。 比較的温暖で湿気が多いゆえに、苔、虫、カビ、キノコたちもモリモリ育つ国……日本。 それでも、縄文の昔から主な建材として愛されてきたのは、柔らかい、そして腐りやすい有機材料である、木材です。 もちろん、度重なる火災や第二次世界大戦の空襲で失われてしまった建物は多いですが、木でできた寺社仏閣やお城などの歴史的な建造物が、何百年、あるいは千年以上も立派に建ち続けているのは、よくよく考えてみると、とても不思議なことですね。 そして昨今また、公共施設などの大型の建築物であっ
2022年03月12日 カテゴリチーク中板の席 チーク中板の席(完成編) マンションの茶室リフォーム、チーク中板の席。完成の様子。 マンションの約5.5畳の個室に、京間の畳2枚と、中板と拝見板、床の間と踏み込み畳を設え、お茶が楽しめるtiny,cozy&elegantな空間を目指します。踏み台もチークで製作。 踏み込み畳の下は、 引き出し! 客畳の下も、 引き出し!! 一尺四寸幅の中板はチーク中杢(実は3枚はぎ合わせですが、継ぎ目はほとんどわからない!)、八寸幅の拝見板はチーク柾板(こちらは2枚ハギ)。チークは薄い突き板張りですが、蜜蝋ワックス仕上げで良い雰囲気。中板だけの場合、目の前がすぐ炉、となってしまうお客もいるので、茶杓がおさまる八寸幅の板を「拝見板」と勝手に命名して入れています。亭主と客も程よい距離。 ちなみに中板は180度回転して入れ替えができて、上げ台目切りもできるようになっ
英建築家リチャード・ロジャース氏。仏パリのポンピドー・センター前で(2007年11月19日撮影)。(c)Martin BUREAU / AFP 【12月19日 AFP】仏パリの文化施設「ポンピドー・センター(Pompidou Centre)」など世界的に有名な建築を手掛けた英国の建築家、リチャード・ロジャース(Richard Rogers)氏が18日、亡くなった。88歳。複数のメディアが伝えた。 PR会社フロイト・コミュニケーションズ(Freud Communications)のマシュー・フロイト(Matthew Freud)氏が英PA通信(Press Association)に明かしたところによると、ロジャース氏は18日夜、「安らかに亡くなった」という。 ロジャース氏はロンドンのミレニアム・ドーム(Millennium Dome)や「チーズ下ろし器(Cheesegrater)」の愛称で知
ガラス戸と障子を通して、 ぼんわり、ひそやかに届く光、 浮かび上がる格子の直線美と 暗がりの静けさに 思わず、声と息を潜めてしまう。 「陰翳礼讃」という言葉を思い浮かべる。 中学校の教科書だったか、 なるほど、と日本の美の表現と奥ゆかしさを しみじみ感じ、ずっと心に残っている 谷崎潤一郎の随筆。 なので、ここが谷崎潤一郎も 住んでいたことがある京町家、と知り、 びっくり仰天なのであります…! なんと、生涯40回以上の転居を繰り返す 引っ越し魔だったという谷崎氏。 昭和21年の半年をここで暮らしたとか。 元々、東京の日本橋出身だった彼は 関東大震災を機に関西に移り住み、 その魅力に引き込まれていったよう。 神戸と京都で、18箇所に住んだと 記録があり(羨ましい!) 創作意欲を掻き立てるため、だとか 作品に近い家に住んだ、とか。 この家でも執筆活動を していたに違いありません。 7DKという悠
Whats new 東京インフラ解剖 ドボ博 学芸員の部屋 014 江戸および東京においては、生活や産業に欠かせない水をどのように供給するのか、様々な工夫がなされ、そのために土木構造物も多く構築されました。水に関する土木構造物は水路基盤や給水塔、水道橋など数多く見ることができます。その中 […]2018-06-13 ドボ博 学芸員の部屋 013 現在、東京の鉄道網には、従前に貨物線であったところを旅客用に利用しているところがあります。その代表が、湘南新宿ラインや埼京線としても利用されている「山手貨物線」です。(ドボ博座談会パート20で話題になりました。) 今回の […]2018-05-02 ドボ博 学芸員の部屋 012 [注意] このレポートは、建築担当かつ“歩きテクト”のドボ博学芸員K.U.が建築・街歩き目線で土木を語る、“個人的視点”に基づくものである。 ■”山田守”とくれば”山口
初版年月日 2021年11月5日 書店発売日 2021年11月1日 登録日 2021年9月28日 最終更新日 2021年10月6日 紹介 大河ドラマの時代考証を長年務めた著者が贈る日本住宅通史の改訂版。約400枚の手描き図と平易な解説文で、人々の住まいと暮らしを楽しく描く。これからの住宅のあり方を考えるために、我が国の住宅の歴史をふりかえり、時代の特色とともに、私達の住宅がどのような経緯ででき上がったかを探る。住居史のテキストに最適。 目次 先史時代の住居 竪穴住居 高床建物 平地住居 支配階層の住宅 寝殿造 主殿造 書院造 数寄屋風の書院 民家 町屋 江戸の街の生活 農家 近代の住宅 サラリーマンの住宅 台所の変遷 田園都市 集合住宅 最小限住宅 近年の住居と生活
ものすごく静かで、ありえないほど古風。 明治期にアメリカから来日して多くの建築を残したウィリアム・メレル・ヴォーリズによる、昭和8年築の一軒家が借りられます。 出典: www.tatodesign.jp たとえば東京にある「山の上ホテル」本館もヴォーリズ設計なんですね。こちらのお宅のような和風住宅は、今では数が少ないそう。 出典: www.tatodesign.jp 建築当時の机や椅子、収納などの家具も一緒に使わせていただけるとのこと。…ってさらさらと書いてますが、85年前ですからね? これはいわば、タイムスリップ体験! 出典: www.tatodesign.jp じつに昭和8年、1933年といいますと、 『蟹工船』の小林多喜二が逮捕されたり、 ヒトラーが首相に就任した年であります。 出典: www.tatodesign.jp 当時どんな暮らしだったのか、 わたしには想像できませんが、 こ
以前、物件ファンでご紹介した 大佛次郎先生の茶亭。 なんとあの茶亭の向かいに現存する 大佛先生のご自宅が、 継ぎ手を探しています。 日本家屋(しかも茶室付き!)の横に 洋館がついた、 大正〜昭和初期の文化を纏った建物。 何と言っても 大佛先生ご本人が 設計をされたというのですから、 先生の暮らしへの眼差しが詰まった 建築となっています。 (設計に関しては、 部分的に建築家・土浦亀城さんが 関わったと記録が残っているそうです。) 茶亭では客人のおもてなしを、 この自邸では日常生活を、 と使い分けておられたそうです。 さてさて前情報だけでも 目眩がしそうなほど貴重な建築。 表門から順に見ていきましょう。 写真からも現地の 凜とした空気が伝わってくる。 この玄関だけでも じっくり拝見したい風格です。 なんと立派な沓脱石。 玄関を上がると 3畳二間の書生室。 当時の建築で度々見られる 玄関脇に作ら
丹下健三:戦前からオリンピック・万博まで 1938-1970 2021年7月21日(水)–10月10日(日) 開館時間:10:00~16:30 休館日:会期中無休 会場:文化庁国立近現代建築資料館(東京都文京区湯島4-6-15 湯島地方合同庁舎内) ※土曜・日曜日は、旧岩崎邸庭園側からのみの入館となり、旧岩崎邸庭園の入園予約と入園料(一般400円)が必要です。予約枠が満員に達した場合は入園できませんので、御了承下さい。
昭和の幻想的な内部空間による劇場建築『日生劇場』の建物を設計した建築家『村野藤吾』の建築物のディテールの魅力について書きます。 村野藤吾の建築 日生劇場 異色の『建築外観ディテール』 『日生劇場』の劇場天井に使用した素材は? 類を見ない曲線建築 世界平和記念聖堂 廃墟の様な外観 簡素で象徴的な内観 丸栄百貨店 絵画の様な外観 複雑で装飾的なタイル意匠 村野藤吾の建築 リンク 日生劇場 リンク 異色の『建築外観ディテール』 『日本生命日比谷ビル・日生劇場』は建築家村野藤吾(1891-1984、日本芸術院会員、文化勲章受賞者)の設計により1963年9月竣工(設計:村野・森建築事務所、施工:大林組)。鉄骨鉄筋コンクリート造8階建、地下5階。オフィス部分と日生劇場から構成される複合ビルです。 ■淡紅色の万成石による重厚な外装これは正しい。。 低層部の柱まわりと上層の開口部の2本の柱との連続性に配慮
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