▼ 志賀直哉「自転車」 自転車小説、というとどんなものがあるだろう、とふと考えた。 SFならアブラム・デイヴィッドスンの「あるいは牡蠣でいっぱいの海」、フラン・オブライエン『第三の警官』(SFじゃないか)、ミステリならドイルの「美しき自転車乗り」といったところ。日本なら夏目漱石の「自転車日記」があるし、そして志賀直哉にはそのものズバリのタイトルのエッセイ「自転車」(新潮文庫『灰色の月・万暦赤絵』所収)がある。 この随筆、60代になった志賀直哉が10代を回想した作品なのだけれど、この作品によれば、10代の志賀直哉は大の「自転車気違い」であったという。「学校の往復は素より、友達を訪ねるにも、買い物に行くにも、いつも自転車に乗って行かない事はなかった」というから、相当の筋金入りである。 当時の自転車はかなりの贅沢品で金持ちのステータスシンボル。中等科に進んだばかりの直哉少年、「十円あれば一人一ヶ