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  • もちつけblog(仮)、、、の跡地(はてなダイアリーに移転。) 戦後憲法を擁護するに至った左派 -戦後の政治の二つの軸について- 松尾匡『商人道ノスヽメ』を読んで

    松尾匡『商人道ノスヽメ』を読む。 一応は、良作。 書で解説される「商人道」は、山岸俊男の説を"参照"する形で書かれている。 山岸の説に関しては、ここと、ここの疑問点を紹介しておきたい。 個人的には素朴な疑問として、①その人の出身階層とか出身の地方とかで、結果は違うんじゃないの?、とか、②日米以外の比較はちゃんとしたの?、してないとだめなんじゃないの?、とかが思い浮かぶ。 著者の松尾先生の論調は、基的に「商人道」の称揚に(自覚的に)偏していて、参照されるジェイン・ジェイコブズ『市場の倫理 統治の倫理』に比べると、正直バランスに欠けるんじゃないかなーという印象はある。 書では、戦後の憲法をめぐる政治歴史も解説されている(小熊英二『<民主>と<愛国>』が主に参照されている)。 正直な話、それに対する著者の解説は、「商人道」の原理を押し出しし過ぎているような気味があるので、ここでは書かない

  • もちつけblog(仮)、、、の跡地(はてなダイアリーに移転。) 社会主義は容認し、民主主義は容認しなかった、「国体」

    ドイツ社民党の国民政党への道■ ドイツ社民党の場合、階級政党から国民政党への方向転換は、1959年のゴーテスベルク綱領で決定的となった。無論、この方針転換をめぐって、その後、党内では議論(たとえば青年組織であるJUSOからの批判)が繰り返され、またAPO(議会外反対勢力)も生まれるのだが、中産階層がナチの支持勢力なっていたという苦い経験ゆえに、中産階層をしっかり支持基盤に取り込むことは、ドイツ社民党にとって、戦後民主主義を確立し、これを安定させるためにも、重要な課題だった (某書より引用) ゴーテスベルク綱領が、ドイツ社民党にとって重大な転換だったことは良く知られてます。 そのために、社民党が政権をとるチャンスを得たと同時に、党内左派の分離を招いたことも。 それでもなお、中産階級を取り込み国民政党へと転換せねばなかったことは、上の理由によるものです。 無論それは再軍備にも関わるものでもあ

    frivolousman
    frivolousman 2011/11/23
    引用じゃなくて捏造してるなら「民明書房刊・ナチスの武術」とかにしとけば。
  • もちつけblog(仮)、、、の跡地(はてなダイアリーに移転。) リフレと再分配、及び信頼醸成の失敗について -左派勢力こそリフレ政策の開拓市場?

    ■再分配とリフレの関係■ 「左翼的価値観の望むことを実現するためには、不況の脱却は必要条件だということです。十分条件ではないかもしれないが、必要条件」という松尾匡先生のご意見です(注1)。再分配という問題についてなら、まったくその通りです。 「たしかにリフレ左派の非力さのために、リフレが実現しても我々の望んだものは当面得られないかもしれない。しかし、それを求めるための闘いは今よりもはるかに容易になる。これは間違いないことです。」パイが多い方が、再分配も比較的求めやすいわけですし。 では何が問題なのか。 ■左翼・左派とリフレの微妙な関係■ 「リフレは魅力的なツールだと思うんで支持したいところですが、その政策の旗振りをしている政治家連中がアレな輩ばかりなら支持はできなくなりますな。それはソノトオリです」(注2)。ここで持ち上がる問題は、歴史修正主義的な思考の持ち主である政治家が、リフレ政策を支

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