1958年の東大工学部出身者の悲喜交々を赤裸々に書いている本である。登場人物は実在していたどころか、ほとんどすべてが実名で登場する。この物語には一遍のファンタジーもなければ、夢想もない。しかし、筆の運びは滑らかであり、上手な小説仕立てである。つまりこれは「私小説」なのだ。その意味において村上春樹の対称たる小説といえるのかもしれない。 「プロローグ」と「エピローグ」では高校生の「理工系離れ」や理工系大学生の「金融・商社志向」を憂いて本書を上梓した旨が書かれているのだが、本文はそうなっていない。後藤公彦という人物の栄光と挫折についてがテーマである。当時の東大工学部のベスト10に入っていた秀才の後藤は、富士製鉄に入社し、その後アメリカにわたりMBAを取得する。当時めずらしい米系銀行に再就職して凱旋、ついで日本において学位をとり、大学教授になるべく走り回る。そして、最後には2DKの借家で死ぬのだ。