目が覚めると僕は洗面所に行き、顔を洗った後によく研いだ剃刀で髭を剃った。髭を剃りながら、やれやれ、晩秋の山に一体何をしに行くんだろうと僕は思った。夏の頃は緑豊かだった山肌は今ではすっかりその色を失い、淡く茶色がかった枯れ草や赤や黄色の落ち葉ばかりになっているはずだ。 しかし、妻の言うことにはひとまず従うというのが僕のささやかな行動規範の1つなので(僕は平穏な毎日というものを愛している)それ以上は考えないことにした。望むと望まずにかかわらず僕は山に行くことになるのだ。 妻と初めて会ったのは、知り合いの結婚パーティだった。彼女は体にすっきりと馴染む黒のドレスに身を包み、受付で来客に控えめな笑顔を向けていた。僕が名前を告げると彼女は手元にあるリストを丁寧に確認し、まるで5月の小川のようににっこりと微笑んでメッセージカードを手渡してくれた。 僕がウエイティングスペースでメッセージカードを書い