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ブックマーク / natgeo.nikkeibp.co.jp (19)

  • 第12回 いま見てもすごい! 人類初の月面着陸

    「1960年代が終わるまでに、月に米国人を送り込み、無事地球に帰還させる――これを国の目標として掲げるべきだ」 1961年5月25日の合同議会でジョン・F・ケネディ大統領が表明してからおよそ8年。60年代が終わるまであと5カ月と11日という1969年7月20日に、人類ははじめて月に降り立ちました。 1888年の設立当初から航空関係への支援の先頭に立ち、実はNASAの発足につながる有人宇宙開発のはじめの一歩からサポートしていたナショナル ジオグラフィック協会。宇宙開発への支援は以降もつづけていましたが、ソ連に対抗したマーキュリー、ジェミニ、アポロの一連の有人宇宙開発計画にはとりわけ力を入れていました。 そのクライマックスといえば、当然アポロ11号での人類初の月面着陸です。これはもう説明不要ですよね。ネットで検索すれば詳しい解説はいくらでも出てきますし、今回は細かい話はやめにして、人類史上最高

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    hadukino 2013/03/06
    読んでる:第12回 いま見てもすごい! 人類初の月面着陸 | ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版公式サイト
  • 第7回 米国宇宙ベンチャー最新レポート パサデナ編

    モハベ宇宙港の次には、パサデナを訪れた。さらに駆け足でスケッチしておく。 1960年代生まれのぼくの世代では、おそらくバイキング計画(1号、2号とも1976年に火星に探査機が着陸)による火星探査の印象を幼年・少年期に持っていて、なんとなく火星への憧憬を抱いている人がいる。ぼく自身もそうだ。人によっては、1970年代後半から1980年代にかけて、ボイジャー計画の惑星探査機が木星・土星・天王星・海王星の近傍を次々と通過した「グランドツアー」の方が印象深かったという人もいる。 いずれも、計画の背後にある研究所の名前があった。カリフォルニア州パサデナにある、JPL、ジェット推進研究所だ。NASAの1機関で、主に無人惑星探査機の開発や運用に従事してきた。民間での宇宙開発が一般的になってきた21世紀の今、JPLが関わってきた惑星探査の民間委託も進んでいる。パサデナに拠点を置く宇宙ベンチャーの創業者から

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    hadukino 2013/01/16
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  • 第6回 米国宇宙ベンチャー最新レポート モハベ宇宙港編

    高橋有希さんの話は、ぼくには実に刺激的だった。南極点に望遠鏡を設置して4回・10カ月にわたって滞在した物理学の学生時代、卒業後、民間宇宙企業のトップランナー、スペースX社の航空電子工学部門のエンジニアとしてドラゴン宇宙船を国際宇宙ステーションに送り込み、さらに現在も創業間もない宇宙ベンチャーで働いていること。いずれ民間宇宙飛行士になりたい、というのも充分なリアリティを感じられる。少なくともぼくはそう感じた。 インタビューの内容、さらに「行間」から、我々が日で見上げている「宇宙」と、米国の「ニュースペース」の分野から見上げる「宇宙」はかなり違うのではないか、ということが伝わったならよい。ぼく自身、大いに触発されるものがあり、高橋さんと会った後、米国初(ということは、世界でもたぶん初)の民間宇宙機が宇宙飛行を達成したカリフォルニア州モハベと、NASAのジェット推進研究所(JPL)のお膝元で宇

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    hadukino 2013/01/15
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  • 第5回 ふたたび開かれた宇宙への扉

    高橋さんが民間宇宙企業のトップランナー、スペースX社にエンジニアとして入社したのは2011年2月。 実は2010年12月に、デモフライトとして、ドラゴン宇宙船が民間宇宙船としてはじめて、周回軌道を飛ぶのに成功している(前に紹介した、スペースシップワンは地球を周回しない、いわゆるサブオービタル機だ)。この時は宇宙ステーションとドッキングせずに地球に戻ってきた。一方、高橋さんは必死に博士号論文を書いているところだった。 入社以降、2012年5月に行われたデモフライト2+で、国際宇宙ステーションとのドッキングを行うための作業に没頭することになった。高橋さんが配属されたのは、avionics、航空電子工学部門とでもいうべき部署だ。どんな作業をしていたのだろうか。

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    hadukino 2013/01/11
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  • 第4回 民間の宇宙船で宇宙に行きたい

    高橋有希さんが、まだ博士課程の学生だった2008年に書いた、「南極と月の類似性──月探査計画策定のための南極経験」(ANALOGS BETWEEN ANTARCTICA AND THE MOON: A SOUTH POLE EXPERIENCE FOR PLANNING LUNAR MISSIONS)という論考がある。「国際宇宙飛行協会」という民間団体の年次総会の紀要に発表されたものだ。 そこで高橋さんは、まず「南極はさしわたし4000キロメートル、月の直径は3500キロメートル。スケールとして似ている」というところから説き起こす。1910年代の南極探検から始まり、1950年代に各国基地ができるまでの歴史を、月の探査(1960-70年代)以降から再び「月に戻る」今後の宇宙計画と重ね合わせて述べたり、南極と月の環境の類似性(もちろん月の方がずっと過酷なのだが、低温や隔絶されていること、インフ

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    hadukino 2013/01/10
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  • 第2回 「月の南極」から「地球の南極」へ

    では、博士課程の学生として、天体物理研究のための望遠鏡を設置するために、4回、10カ月にもわたって南極点に滞在したいきさつ。 「子どもの頃から、天文学にものすごく興味があったわけですけど、大学ではあえて物理学を専攻したんです。理由は、物理のほうが幅が広くて、いろいろな分野で活用できるだろうと。宇宙飛行士になるためにも重視されるかもしれないと思いましたし」 というわけで、高橋さんはカリフォルニア工科大学(いわゆるCALTECH)に入学し、学部生時代を過ごす。物理学を学べば他にも応用がきくというのは当で、それが証拠に、天体物理学、地球物理学、生物物理学といった学問領域は存在するが(それぞれ、物理学の方法を応用したもの)、その逆は聞かない。英語で……なんとかPhysicsと呼ばれるような分野は、物理学の応用が大きく物を言っている。 もっとも、高橋さんが物理学を学べば、元々の興味である天文学に近

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    hadukino 2013/01/08
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  • 果てなき宇宙への夢

    恒星間飛行は可能か? スペースシャトルの引退から1年。民間の参入で宇宙開発は新たな段階に入った。 文=ティム・フォルジャー イラスト=ステファン・マルティニエル 人類は昔も今も、「いつかは宇宙を旅したい」という夢を抱き続けている。だが、米航空宇宙局(NASA)を中心とする宇宙開発は、2011年のスペースシャトルの引退をもって一区切り。民間の介入という次のステップへと進み始めた。新しい素材やエンジンの開発は現在、どの段階まで来ているのか。その実情に迫る。 「富の獲得に比べれば、科学と好奇心は動機として弱い」という宇宙開発会社のトップの言葉には、ちょっとがっかりした人もいるのでは? でも、自分が生きている間に経済的な見返りがあるかどうかわからない今、やっぱりそこには、おじさんたちの「熱~いロマン」があるんじゃないでしょうかね。(編集H.O)

    果てなき宇宙への夢
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    hadukino 2012/12/27
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  • 第13回 有人宇宙開発のはじめの一歩を支援(後編)

    今回は1930年代、有人宇宙開発の第一歩を歴史に刻んだ2人のうちのもう1人、アルバート・ウィリアム・スティーブンス大尉のお話です。 (すみません、2週前になってしまいましたが)前回の終わりに紹介したように、スティーブンスは米国陸軍に所属する軍人で、1930年代のはじめには、陸軍航空隊・写真研究所の所長をつとめる航空写真家でした。 1930年には、世界ではじめて地球が丸いことがわかる写真を撮影。『ニューヨーク・タイムズ』の1面に掲載され、注目を集めます。地球が丸いことはみなアタマではわかっていても、それまで誰1人として見たことがなかったわけで、インパクトは絶大でした。 また1932年、日のときに地球に落ちた月の影の撮影に成功。『ナショナル ジオグラフィック』の1932年11月号に掲載されました。これも世界初の写真です。 そんなこんなで当時彼は「世界でもっとも偉大な航空写真家」とも言われてい

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    hadukino 2012/05/09
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  • 第12回 有人宇宙開発のはじめの一歩も支援(前編)

    前回は1930年代に行われた世界初の深海調査について紹介しました。なので、続編は空にしましょう。空といってもここでは宇宙まで含めたSpaceという意味です。あるいは「宇宙」と書いて「そら」と読んでもらってもいいのかな。 またまたジェームズ・キャメロンの話題で恐縮ですが、映画『タイタニック3D』の記者会見でも「もし火星に行くロケットを作れるならもちろん作りますよ」と監督は言ってました。ただ、「ちょっと予算的に足りない」みたいですけれど(笑)。深海と宇宙は似たもの同士。ともに最後のフロンティアといわれるように、共通の魅力がありますよね。 1930年代はその有人宇宙開発のスタート地点でした。 乗りものは飛行機でもロケットでもありません。 何だと思いますか? 正解は……、

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    hadukino 2012/04/18
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  • 第4回 宇宙生物学のためにNASAへ! そして、パリへ!

    アストロバイオロジー(宇宙生物学)というのは、一般には馴染みのない研究領域かもしれない。決して宇宙人を探そうという話ではなく(もちろん宇宙人が目の前にいれば、アストロバイオロジストは研究対象にしたがるだろうが)、生命の起源を知るため、地球の枠を外した探究をする一連の研究、というイメージか。興味のある方は、横浜国立大学の小林憲正教授による『アストロバイオロジー・宇宙が語る“生命の起源”』(岩波 科学ライブラリー)をお奨めする。堀川さんも同意見。 ちなみに、アストロバイオロジーという研究の枠組みを提唱したのはアメリカNASAで、1995年のことだという。いわく「地球、および地球外での生命の起源・進化・分布・未来、を研究する学問領域」。クマムシは、十中八九、というかほぼ100%、地球起源でありながら、極限状態の宇宙に「分布」可能かもしれない耐性を持った動物の筆頭として、アストロバイオロジーの興

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    hadukino 2011/12/22
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  • 第4回 系外惑星探査の大革命が進行中!

    ここまであえて書いてこなかったのだが、今年2011年は、太陽系外惑星探査の「第二の革命」の年かもしれない。田村さんは、そう感じている。 第一の革命は、もちろん1995年、最初の系外惑星が発見されたこと。 そして、第二の革命は、2010年までに見つかった系外惑星候補が500あまりだったのに対して、2011年だけで1200を超える新候補が見つかったこと。 残念ながら、すばる望遠鏡での発見ではない。アメリカが打ち上げた系外惑星探査専用の宇宙望遠鏡、「ケプラー衛星」が、2009年の初観測から最初の4カ月間分のデータをまとめて発表したことによる。2010年までの系外惑星候補数と並べて描いてみると、その突出ぶりがよく分かる。 棒グラフは年ごとに発見された系外惑星の個数。黒バックに点が打たれた画像は、ケプラー衛星の視野における系外惑星の位置を示している(点の色は惑星のタイプ。青が地球サイズ、緑がスーパー

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    hadukino 2011/09/26
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  • 第4回 何でオマエはこうなった?

    宇宙が大好き、深海魚が大好き。水深5000mの深海を旅し、プラネタリウムのプログラム企画で宇宙も駆ける。さらには奇妙キテレツな生きものが「たまらなく好き」というしょこたん。その感性、聞けば聞くほどディープです。(インタビュー・文=高橋盛男/写真=田中良知/ヘア&メイク=灯(ROOSTER)/スタイリング=宮崎真純(likkle more))

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    hadukino 2011/08/18
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  • 第3回 「ダークマター」をつかまえろ! 宇宙の謎を解く鍵を求めて

    もし、天体望遠鏡の世界に人気ランキングがあったら、ハッブル宇宙望遠鏡の上位ランクインは確実だろう。打ち上げから21年。鮮やかな宇宙の姿を伝えて人々を魅了してきたハッブル望遠鏡は、いまも宇宙の謎を解くための貴重なデータを集め続けている。だが、そんなハッブルも、船出の当時はトラブル山積みの“問題児”だった。修理を重ねて進化を果たし、みごとに活躍してきた不屈の宇宙望遠鏡、ハッブル。国立天文台の渡部潤一先生の解説で、その軌跡をたどる。

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    hadukino 2011/08/18
    読んでる:第3回 「ダークマター」をつかまえろ! 宇宙の謎を解く鍵を求めて | ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版公式サイト
  • 第2回 「星のたまご」はどこに? 星々の生と死をみつめて

    最初の大がかりな修理を終えたハッブル宇宙望遠鏡は、打ち上げ直後の「ピンぼけ」の汚名を返上し、めざましい活躍を始めました。 鮮明な画像が得られるようになったのは、すばらしいことでしたが、成果はそれだけではありません。大気の妨げを受けない宇宙望遠鏡ならではの強みを生かし、それまで地上では観測できなかった、暗い星たちのかすかな光を分析し、かつては見ることすらかなわなかった星の誕生と死のドラマを、次々に明らかにしていったのです。 たとえば、天文学者がよく用いる有名な図のひとつに、HR図(ヘルツシュプルング‐ラッセル図)というものがあります。これは横軸に恒星のスペクトル型(言い換えれば表面温度)、縦軸に絶対等級(来の明るさ)をとったグラフです。 HR図(ヘルツシュプルング‐ラッセル図)の例。恒星のスペクトル型を横軸、絶対等級を縦軸にとると、ほとんどの恒星が左上から右下に向かう線上に分布し、この並び

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    hadukino 2011/08/08
    読んでる:第2回 「星のたまご」はどこに? 星々の生と死をみつめて | ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版公式サイト
  • 第1回 20億ドルの望遠鏡、実は「ちょっとピンぼけ」だった?

    もし、天体望遠鏡の世界に人気ランキングがあったら、ハッブル宇宙望遠鏡の上位ランクインは確実だろう。打ち上げから21年。鮮やかな宇宙の姿を伝えて人々を魅了してきたハッブル望遠鏡は、いまも宇宙の謎を解くための貴重なデータを集め続けている。だが、そんなハッブルも、船出の当時はトラブル山積みの“問題児”だった。修理を重ねて進化を果たし、みごとに活躍してきた不屈の宇宙望遠鏡、ハッブル。国立天文台の渡部潤一先生の解説で、その軌跡をたどる。

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    hadukino 2011/07/26
    お、何やら面白い連載が。読んでる:第1回 20億ドルの望遠鏡、実は「ちょっとピンぼけ」だった? | ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版公式サイト
  • Vol03 これから 「透明な船長」になりたい

    国際宇宙ステーション(ISS)の船長に任命された若田光一は、2011年3月末から船長としての訓練を始めた。2013年末の打ち上げまで約2年半。船長の任務は地上から始まる。チーム一人ひとりの役割分担を考慮し、ISS参加国である米国、ロシア、ヨーロッパ、日、カナダで行われる訓練カリキュラム全体が無理なく計画されているかを分析する。チームは船長のタイプや方針によって、かなり雰囲気が異なるという。若田はどんな船長を目指しているのだろうか。 若田:私はこれまで、たくさんの尊敬する上司やリーダーに出会ってきました。航空会社時代の課長さん、スペースシャトル、国際宇宙ステーションの船長もそうです。例えば、スペースシャトル飛行では1回目、2回目の飛行ともNASAブライアン・ダフィー船長と一緒に仕事をさせてもらいました。彼は「リーダーを感じさせないリーダー」です。気づいたら彼のリーダーシップで仕事がうまくい

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    hadukino 2011/06/02
    お、林公代さん( @payapima )の連載第三回きた~ 読んでる:Vol03 これから  「透明な船長」になりたい | NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版
  • Vol02 2001年~2011年 事故と管理職で、私は進化した

    これまで宇宙に飛び立った日人は8人。6月に打ち上がる古川聡さんが9人目だ。そのなかで、国際宇宙ステーション(ISS)に暮らしたのも、NASA宇宙飛行士室のマネジメントを務めたのも若田光一さんが最初。2013年末からの飛行ではついにISSの「船長」の大役を担う。そんな日のエース、若田さんの歴史は、そのまま日の有人宇宙開発の進化の歴史であると言っていい。ユーリ・ガガーリンが人類で初めて宇宙へ飛び立ってからちょうど50年。新人時代の苦労から目指す「船長像」、日の宇宙開発の未来まで、若田さんにたっぷり語ってもらった。(インタビュー、文=林公代)

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    hadukino 2011/05/31
    あ、林公代さん記事の第二回だ。読んでる:Vol02 2001年~2011年 事故と管理職で、私は進化した | NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版
  • Vol01 1992年~2000年 “ゲスト”から対等の存在へ

    若田光一が、笑顔で宇宙飛行士候補者の会見に登場したのは1992年4月のこと。「やけに親しみやすい宇宙飛行士が誕生したぞ!」というのが最初の印象だった。7年ほど前に選ばれていた宇宙飛行士の1期生――毛利衛、向井千秋、土井隆雄とはずいぶん雰囲気が異なっていたからだ。それもそのはず、1期生は宇宙で行う「科学実験の専門家」として選ばれた学者肌の人々だったが、若田に求められたのは「技術者」としての技量と協調性だったのだ。なぜそんなふうに方向性が変わったのだろう? 当時は、米国のスペースシャトルが活躍していた「シャトルの黄金期」。米国、日、欧州宇宙機関(ESA)、カナダが協力して国際宇宙ステーション(ISS)を建設することも決まっていた。世界が宇宙開発に力を注ぐなか、日NASAの協力を得て有人宇宙飛行を始めようとしていた。毛利衛が日人で初めてスペースシャトルで宇宙へ飛び立ったのも、若田が選ばれ

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    hadukino 2011/05/27
    インタビュアー林公代さんだー。読まねば:Vol01 1992年~2000年 “ゲスト”から対等の存在へ | NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版
  • 特集:天の川の新事実 2010年12月号 ナショナルジオグラフィック NATIONAL GEOGRAPHIC.JP

    Q:買い手が世界に1カ所だけという日のガラス製造会社「千葉光学」が作るE6ガラス。さてその用途は? 望遠鏡モバイル機器ワイングラス 文=ケン・クロズウェル 地球を含む銀河系(天の川銀河)の全貌が、近年の研究で徐々にわかってきた。その中心にある巨大ブラックホールの姿とは。 私たちは、天の川に住んでいる。大きな声で、そう言いたい。 宇宙にはたくさんの銀河があるが、地球や太陽系がある“私たちの”銀河は、「銀河系」とか「天の川銀河」と呼ばれる。他の銀河よりずっと大きく、明るく、密集した銀河だ。 星が集まっているのは直径12万光年の“薄い”円盤で、これは天の川として肉眼で見える。それをほぼ水素からなる“厚い”円盤が取り巻き、さらにその外を、どんな望遠鏡でもとらえられない暗黒物質(ダークマター)の層(ハローと呼ぶ)が取り囲んでいる。暗黒物質は光を放たないが、銀河系に属する数千億個の星をはるかにしのぐ

    hadukino
    hadukino 2010/11/29
    読んでる: 特集:天の川の新事実
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