「スミマセン、火、貸してもらえますか?」 祖母は僕が夏休みに入る直前に倒れた。明日をも知れない状況に、僕は旅行をキャンセルせざるを得なくなったが、今度は逆に暇になってしまい毎日のように病院に見舞いに来ていた。見舞いといっても祖母は意識がなかったので、病室のソファーで日がな一日文庫本を読んで過ごした。ときどき病院の建物の裏手にある職員用の喫煙所にたばこを吸いに行ったりしていた。 「あぁ、はいどうぞ」 気の弱そうな若い男は火をつけてあげると軽い会釈をした。そしてたばこを深く吸い込みため息のように吐き出した。 「看護師さんですか?」 医者とは違う白衣を着た彼は、不意をつかれたのかちょっと驚いたように「あ、はい」と返事をした。 「ご家族ですか?」 「あぁ、はい、そうです。祖母です」 「はぁ、おばあさまの病棟はどちらですか?」 「うちはB棟ですね」 喫煙所の会話は楽しい。分煙化で唯一良かったのはこう