藤田 田(ふじた でん、1926年〈大正15年〉3月13日 - 2004年〈平成16年〉4月21日)は、日本の実業家。大阪府大阪市東淀川区(現・淀川区)生まれ。輸入雑貨販売店「藤田商店」、「日本マクドナルド」、「日本トイザらス」、「日本ブロックバスター」創業者[1]。 母親がキリスト教徒だったことから、「口」に「十字架」で、よい言葉を語るように、という意味で「田」という名前になったとされている[注 1]。本人はクリスチャンではなく、「銀座のユダヤ人」を自称した。 3歳の時に千里山へと移住した。通っていた三島郡千里第二尋常小学校(現在の吹田市立千里第二小学校)では、成績は優秀だったものの母が教師に付け届けをしなかったため内申書をあまりよい表現で書いてもらえず、一浪して大阪・十三の(旧制)北野中学に進学した。 卒業後、戦火が激しくなったことから大阪を離れ、1944年に(旧制)松江高等学校を経て