2010年8月8日のブックマーク (8件)

  • 日本のNPO 寄付「集まらない」理由 (1/2) : J-CASTテレビウォッチ

    テレビウォッチ> 赤い羽根共同募金。何に使われているのか、筆者はさっぱり知らない。教育的効果がどれほどあるか疑問を抱いていたが、相変わらず小学生たちが「お願いします」の大合唱。 米の「30分の1」 今回は、そんな日の『寄付文化』が今、変わりつつあると取り上げた。「パワーの落ちた」(国谷裕子キャスター)行政にかわってNPO法人の役割が増大しているという。 しかし、その一方で寄付金となるとアメリカに比べ30分の1。誇れる文化とは言い難い実態だが、このギャップの背景には一体何があるのか…… まず寄付をする側の問題から。 国谷が冒頭にひと言。「昔から赤い羽根共同募金、歳末助け合い、神社やお寺への寄付は様々あります。なのに、その実態はアメリカの年間22兆円に対し日は7000億円にとどまっています」と。 その格差30対1。寄付するほどの余裕が国民にないのか、それとも別の要因があるのか?? 国谷が

    日本のNPO 寄付「集まらない」理由 (1/2) : J-CASTテレビウォッチ
    haruhiwai18
    haruhiwai18 2010/08/08
    日本では"NPO法人に信頼がない。アメリカなどで行われている寄付者と各NPO法人の中間に第3者機関を設け、寄付者のニーズに合わせた、いいNPO法人を紹介することが必要" →国民性よりも、制度の問題か。
  • 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎荒川修作は、下のような強い言葉を言う。まず最初に一撃を「かまして」くる。この、まるで詐欺師のような「かまし」を、どのように受け取るのか、「かまし」に対してどのような態度を取ればよいのか。少なくともこの35年以上、そのことはずっと頭にあり続けている。以下のアラカワの発言は、「季刊思潮No.1」(1988年)より引用。 《僕が言っていることを知ることはできても、信じることはそう簡単にできないでしょう。なぜならあなた達は学校やいろんな所で、時間とはどういうものであるか、空間とはどういうものであるか、大体教えられて、身をもって経験してきたわけです。この頭の中に完全に植えつけられているだろう時間とか空間の概念を変えない限り、あなた達には一つも救いがないってことを当に知らなくちゃいけない。》 (追記。人生の危機にあって揺らいでいるような人の前に、偉そうなおっさんがやってきて、自信満々に、「いいか

    偽日記@はてなブログ
    haruhiwai18
    haruhiwai18 2010/08/08
    "柄谷行人…古くなったテクノロジーの(現在からみた)機能の不十分さや違和感こそが、そこにノスタルジーのような感性を貼付けさせる" →同意。
  • 山森亮『ベーシック・インカム入門』光文社新書(2009)(2) - 本に溺れたい

    私が読んで最も興味深かったのは、「第4章 土地や過去の遺産は誰のものか?―歴史のなかのベーシック・インカム」である。これを再度紹介しよう。 ■モラル・エコノミーからポリティカル・エコノミーへ(18世紀末~19世紀初め) まず、トマス・ペイン(1737-1809)、トマス・スペンス(1750-1814)らによる先駆的なベーシック・インカム論をとりあげている。そこに現代イギリスの史家E.P.トムスン(1924-1993)*のモラル・エコノミー論を援用する。 すなわち18世紀初めから19世紀中ごろまで続いたイングランドの「第二次エンクロージャー」が、独立自営農民、小地主を没落させ、大量の無産の 農民、貧民を生み出し、18世紀末から19世紀にかけてその貧民たちが暴動・蜂起を引き起こした。しかし、その暴動・蜂起は一定の規範に基づく秩序だったものだった。例えば、買占め業者を襲った場合でも、穀物を「民衆

    山森亮『ベーシック・インカム入門』光文社新書(2009)(2) - 本に溺れたい
    haruhiwai18
    haruhiwai18 2010/08/08
    "暴動・蜂起は一定の規範に基づく秩序だったものだった。例えば、買占め業者を襲った場合でも、穀物を「民衆価格」で分配し、売上金を業者に渡していた" ←自律した公平な感覚があったのね。
  • ネルヴァルの現代性を探る―生誕200年に際して - sjllf archives

    cahier03, WS | 15:51パネリスト 朝比奈美知子(東洋大学・コーディネーター)、水野尚(関西学院大学)、湯沢英彦(明治学院大学)、野崎歓(東京大学) 今日に至るまでネルヴァル研究は、文献学的研究、神秘主義的解釈、テーマ批評、あるいは構造主義などと、時代の文芸思潮の影響を受けながらこの詩人のさまざまな側面を明らかにしてきた。一方、Cl・ピショワ、J・ギヨームによる精密なテクスト校訂が進められてプレイアード新版の全集(1984-93)が編まれ、実証研究の新たな側面を開いた。以後、この新たなテクストに依拠しながらフランス内外でさまざまな研究成果が精力的に発表されている。一方、日においては筑摩書房より中村真一郎・入沢康夫監修、田村毅・丸山義博編集の新版『ネルヴァル全集』(1997-2003)が刊行され、研究者はもちろん一般の読者にもネルヴァルの魅力を新たに提示した。2008年はネ

    haruhiwai18
    haruhiwai18 2010/08/08
    "「前イスラム的」な異教信仰の深層に触れようとするジュネの姿勢は、レバノンの山中に分け入ったネルヴァルの探求を引き継ぎ、生き直すものと感じられる" →ネルヴァルとジュネのまさかの邂逅
  • 憲法9条と「新しい戦争」③非武装抵抗戦略の問題 - 加藤朗の目黒短信

    haruhiwai18
    haruhiwai18 2010/08/08
    "全ての人が強制なしに自発的に一致団結して非暴力抵抗運動に参加できるのだろうか" →非暴力抵抗運動成功のためには、強硬派の存在も不可欠。ガンジーにネルーがいたように。
  • 都市ゲリラ・ミニマニュアル(都市ゲリラ教程) 射撃――都市ゲリラの必要条件

    haruhiwai18
    haruhiwai18 2010/08/08
    "都市ゲリラとは…戦闘中に切れてしまった弾丸を、即座に補給することは不可能である。都市ゲリラは時間を無駄にせず一気に射撃できなければならない" →ゲリラたるものエコロジカルでなければならぬ。
  • エチオピアの「ユダヤ人」の「人権問題」?:パレスチナ情報センター:Staff Note

    Posted by :早尾貴紀 エチオピアには古代キリスト教の文化習慣が色濃く残っていると言われるが、それはその地域のキリスト教への集団的「改宗」以前の「ユダヤ教」と通底するものとされている。だが、はたしてそれはいわゆる「ユダヤ教」と言えるのかどうか。 ユダヤ教は、何をさしおいても、バビロニア・タルムードを抜きには語れない。神殿崩壊と捕囚、そのディアスポラの地において編纂された聖典タルムード(律法に対するラビたちによる膨大な解釈文書群)こそが、ユダヤ教文化を形作ってきたと言える。そのタルムードが成立したのは6世紀頃と言われている。 それ以前にキリスト教化したエチオピアにおいて、現在でも「ユダヤ人」が残っている/いたとしても、彼らが信奉しているのは、「トーラー」(モーセ五書:旧約聖書の最初の五書)であって、タルムードは一切受容されていない。それゆえに、イスラエルのラビたちの多くは、「ファラシ

    haruhiwai18
    haruhiwai18 2010/08/08
    "人口統計学的な観測によると、現在イスラエル国籍者の2割を占めるアラブ・パレスチナ人は近い将来において、このままの出生率で計算するとその比率を3割にまで増やすだろうと" →イスラエルがあせる要因の一つ。
  • http://f43.aaa.livedoor.jp/~choku/19990709.htm

    haruhiwai18
    haruhiwai18 2010/08/08
    「国力の弱体化」したビザンツのどこに、華麗な祝祭、儀式、外交資金を賄える財力があったのだろう? このへんの解明と合わされば、もっと説得力が増したのでは。」 ←たぶん、黒海と東地中海世界間の交易によって