ジャック・ラカン『二人であることの病い』は、三つの症例報告と二つの論考から構成されている。ラカンは「症例エメ」と「パラノイア性犯罪の動機 ――パパン姉妹の犯罪」のなかで他者と自己の奇妙な関係について語り、のちにそれを「鏡像段階論」として整理し主張することになった。 有名な「症例エメ」は次のような内容である。女優のZ夫人を襲撃して逮捕された某女性(=エメ)を分析した結果、彼女が「理想の自己像」を母親・同僚・実姉そして女優のZ夫人に投影していたことが分かる。つまり襲撃事件とは、エメにとっては自身の理想像と刺し違えるため行動に他ならなかったのである。 人は他者に投影した「理想の自己像」という幻想によって、初めて自身の人生を構成することができる。あたかも、美しい鏡に移る自己像を見て初めて自分が確認できるように。だがエメは最初の理想像、すなわち母親に対する同一化(=愛)が完全な失敗に終わっていた。し