ブックマーク / hbslife.exblog.jp (3)

  • 卒業 - 2006/6/7 | ハーバード留学記

    いよいよこの日が来てしまった。 ここ何日はすっかり陽気な天候が続いていたここボストンだが、再び雨に見舞われている。卒業式を明後日に控え、今晩家族が日から到着。こちらでは卒業式は、家族が仕事を休んで駆けつける、結婚式並みの一大イベントだ。そして、それは卒業する者が30才近い大人であっても、変わりはない。6月9日にはハーバードの大学と大学院が一斉に卒業式を行なうため、ローガン空港には「いかにも」という感じの人たちがぞろぞろと到着していた。ボストン界隈のホテルやレストランも、今週は軒並み予約でいっぱいらしい。 明日の晩は学長主催で、ベイカー・スカラー受賞者(上位5%)とその家族向けのディナーが催されるのだが、最終学期も好成績で終え、無事このディナーへの招待を受けることができた。日人では4人目、14年ぶりとのウワサ。最後の最後まで、集中力を切らさずに勉強し続けることができた自分を、褒めてあげた

    卒業 - 2006/6/7 | ハーバード留学記
    hidedayo
    hidedayo 2006/06/08
    学長主催で、ベイカー・スカラー受賞者(上位5%)とその家族向けのディナーが催されるのだが、最終学期も好成績で終え、無事このディナーへの招待を受けることができた。日本人では4人目、14年ぶりとのウワサ
  • Planned Happenstance - 2005/10/1

    僕は学生時代は弁護士になりたいと思っていた。高校3年くらいのときから意識し始め、大学1年の秋には周囲の友人から「そろそろ始めないと間に合わないらしいよ」と言われ、通信講座で司法試験の勉強を始めた。 今から思えば、コーポレート・ロイヤーが実際にどんな仕事をしているのか、まったく分かっていなかった。それでも弁護士になりたいと思ったのは、①定年がなくて一生続けられる職業であること、②英語を活かして国際的な仕事ができそう、③なんとなくprestigiousでカッコよさそう、その3つの理由だった。 大学2年が終わるまでは塾講師のアルバイトを週3~4回していたので、往復の電車でテープを聴きながら学んだ。途中から予備校に物理的に通い始め、大学3年時に択一・論文試験と合格することができた。ここまでで合格率3%、勝利に酔いしれ、油断してほとんど準備せずに最後の口述試験に臨んだところ、1割しかいない最終不合格

    Planned Happenstance - 2005/10/1
  • ハーバード留学記:レキシの学び方・教え方

    ボクは学生時代、歴史の授業があまり好きではなかった。前にもちょっと書いたが、ロンドンの小学校時代の歴史の授業は、絵を描いたり、仮装してお城に行ったりと、ワクワクさせられたものだったのだが、中学で日に帰ってくると、無味乾燥な年号や人名、コトバを覚えさせられるばかり。大抵クラスに一人は歴史オタクみたいな人間がいるものだが、彼を見て、何が楽しいの?と思っていた。 歴史という分野を「見直す」ようになったのは、意外にも大学入試がきっかけだったかも知れない。東大歴史の入試は、大きな流れやテーマについて書かせる論述問題が、4問あるだけ。 例えば、2004年の問題: ********** 第3問 (蝦夷地に関する基的な資料を読ませた上で) 18世紀中ごろまでには、蝦夷地は幕藩体制にとって、なくてはならない地域となっていた。それはどのような意味においてだろうか。生産や流通、および長崎貿易との関係を中心

    ハーバード留学記:レキシの学び方・教え方
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