建築物や樹木などの景観を生かした「まちづくり」を進める川崎市が、市民らに参加してもらい「景観」をテーマとするボードゲームを制作中だ。出来上がったゲームを使い、子どもたちに楽しみながら景観について学んでほしい、との考え。国内では珍しい取り組みという。 (小形佳奈) 市によると、ボードゲームは、外国ではオモチャとしての評価はもちろん、教育的なポテンシャルも評価されており、さまざまなゲームが販売されている。小学校でボードゲームを取り入れた教育を行うこともあるという。市まちづくり局景観担当の職員窪村怜史さんは「すごろくのような運に左右されるものではなく、戦略性やプレーヤーの協力が必要なゲームを、啓発ツールに使えないかと考えた」と話す。
鎌倉時代の武士(もののふ)の体験をするイベントが十三日までの三日間、鎌倉市常盤の湘南ボウルで開かれた。夏休み中の小学生たちが武士の装束を着たり自作の弓で矢を射たりしたほか、鎌倉武士が興じた「盤双六(ばんすごろく)」を楽しんだ。 盤双六は二人で対戦する、ボードゲームのバックギャモンに似たゲーム。主催した市民グループ「鎌倉もののふ隊」の鎌倉智士さん(36)によると、鎌倉幕府の源頼朝なども遊んだとされ、当時使われていた物は鎌倉歴史文化交流館に展示されている。 ルールは簡単で、二つのサイコロを振り、出た目によって、それぞれ十五の駒を動かす。イベントでは、兵(駒)を自軍に先に戻した方が勝つ「本双六」という遊び方で実施。サイコロの出る目の運と、先を読む戦術により勝敗が決まるといわれ、烏帽子(えぼし)をかぶった近くの小学四年男児(9つ)は大人と対戦。「とてもおもしろい」と話していた。
スマートフォンやパソコンを使わずに遊ぶゲームが人気だ。電気を使わないゲームを体験できるイベント「ゲームマーケット」が十四日に東京都内で開かれ、カードゲームなどをつくる五百六十九の個人や企業が出展。一万三千人が来場した。出展者、来場者とも過去最多。事務局は人気の理由を「直接顔を合わせながら楽しむことの価値が見直されているためでは」とみている。(伊藤弘喜) 「家族全員で楽しめそうです」。会場でライオンやキリンなど四種の駒で勝負する将棋型ゲーム「どうぶつしょうぎ」を体験していた埼玉県北本市の主婦清田笑子(せいたみえこ)さん(40)がほほ笑んだ。一緒に遊んでいたのは、小学六年の次女と小学一年の長男だ。 ゲームマーケットの来場者は右肩上がりで増えている。二〇〇〇年の初回は四百人だったが、一一年から年二回の開催になり、一二年からは大阪を含め年三回に。今年十二月には東京で初めて二日間にわたって開催する予
「まずは体験してみてください」。東京スカイツリーの麓にある「ヒラメキ工房」を訪ねると、代表の関場純さん(68)が「ヒラメキゲーム」を取り出した。ルールを教えてもらって、カメラマンと対戦をする。軽い気持ちで始めたが、たちまち本気になり、何戦か交えることとなった。勝つための定石がないため、知力のみならず勘もものをいう印象だ。「そう、だから子どもが大人に勝つことができる」と関場さんは語る。 会社員時代から「発明」に興味があった関場さんは、リハビリ用器具など幾つかのアイデア商品を考案、一念発起して十二年前に起業した。使い手の声などからもっとも手応えを感じたのは「ボードゲーム」だった。考案したゲームを児童館などに持ち込み、「シンプルかつ楽しくないと、見向きもしてくれない。一番厳しいユーザーです」と語る子どもたちの反応を見ながら改良を加えていった。 「ヒラメキゲーム」は、そんな努力の結実のひとつとして
ボードゲームの「カロム」が多摩市の大人や子どもたちの間で人気だ。児童館や学童クラブも遊び場を提供して普及を後押し。全国大会の各部門を完全制覇するなど、好成績にもつながっている。 (栗原淳) カロムは六十センチ四方の木製ボード上で、直径三センチほどの円形の手駒を指ではじくゲーム。一対一のシングルス、ペア対戦のダブルスで遊ぶ。ビリヤードに似たルールで、手駒を自陣パック十二個に次々に当てて四隅の穴に入れながら、最後に王様パック(ジャック)を沈めた方が勝ち。 多摩市のカロム人気のきっかけをつくったのは、愛好団体「みんなともだちプロジェクト東京・多摩支部」の支部長、祐乗坊(ゆうじょうぼう)淳さん(30)=日野市。学童クラブのスタッフだった二〇一一年、カロムの面白さを知って施設の遊具に取り入れた。「ルールがシンプルで年齢で力の差が出にくい。大人が本気を出しても子どもに負けることもある。オセロやトランプ
お気に入りの万年筆を傷つけずに持ち歩けるケースがほしい-。オリジナル文房具などを手掛けるフライハイトの「ロールペンケース」は、そんな顧客の思いもペンもクルッと巻いて包み込む。二〇〇六年の発売以来、今も売れ筋というロングセラーの一品だ。 ドイツ語で自由を意味するフライハイトは、かつて文具メーカーに勤務していた中沢健さん(43)が〇五年に創業した。「格好よさと機能性が共存する文房具を集めた店に」とのコンセプトで、当初は欧米メーカーの珍しい文房具を中心に輸入販売していた。 やがて「自分自身もほしいと思える文房具」を品ぞろえしようと、オリジナル商品のプロデュースにも着手。手帳に続く第二弾として、美容師用のシザー(はさみ)ケースをつくる皮革メーカーと連携し、包むタイプのペンケースを完成させた。
大田区の東急池上線久が原駅近くの「アサヒヤ紙文具店」には、店主が四年がかりで完成させた「理想のノート」がある。顧客に意見を求めて試作を繰り返し、万年筆に相性の良い特別な紙を選んで、製本にもこだわったオリジナル商品「クイールノート」だ。 紙と文房具の専門店として、創業から八十年余の歴史を持つ。量販店の台頭などを背景に「幅広く品ぞろえした『町の文具屋さん』の役割は終わった」と店主の萩原康一さん(51)。万年筆やその関連商品に特化したこだわりを打ち出し、インターネットなどで商品の魅力を発信すると、全国から反響があった。 クイールノートには、万年筆で執筆する多くの作家に愛用されてきた浅草の老舗ブランド、満寿屋(ますや)のクリーム紙を使用。「書くためだけに作られた紙」とも評され、滑りすぎない適度な筆記感があり、にじみが少ないなどの特徴があるという。
中野区新井の商店街の一角にある「旅屋」。「旅先で使える」あるいは「旅の思い出を記録できる」といった旅にまつわる文具や雑貨を扱う店だ。さまざまな商品が並ぶ店内の一角に置かれた「文房具ステッカー」が、静かな人気を呼んでいる。 「もともと好きだった旅と文房具を組み合わせたお店をやったら面白いはず」と、店主の長谷川淳子(はせがわじゅんこ)さん(39)が、五年前に開店した。「長く使えるもの」をコンセプトに、欧州ののみの市で買い付けた商品などを販売している。
都県境を流れる江戸川河岸に面した市川市国府台の緑濃い台地に、赤レンガ建築物が静かに立つ。明治初期に建てられた二階建てで、幅約二十メートル、奥行き約八メートルの建物はそれほど大きくない。旧県血清研究所の跡地にあり、敷地は現在は閉鎖されているため、存在を知る市民も少ない。 「ここから多くの兵士が戦場へと駆り出された。赤レンガは、その悲惨な運命を見つめ続けてきた」。建物の保存・再生と活用を考える市民グループ「赤レンガをいかす会」代表の吉原広さん(64)が教えてくれた。市川市もかつて「軍都」と呼ばれた時期があり、旧陸軍の砲兵連隊などが駐屯した。赤レンガは武器庫として使われていた。 「いかす会」メンバーでもあり、軍事史研究家で元八戸工業大教授の高野邦夫さん(75)によると、軍の駐屯は一八八五(明治十八)年、当時全国唯一の下士官養成学校だった「教導団」が、この地に置かれたのにさかのぼる。赤レンガはこの
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く