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ブックマーク / number.bunshun.jp (3)

  • 横浜F・マリノスでの3年間を告白。モンバエルツ前監督は何を目指した?(田村修一)

    エリク・モンバエルツが、横浜F・マリノスでの3年間の任期を終えてフランスに帰国した。集大成の年となるはずだった昨季はJリーグ5位、天皇杯準優勝と、あと一歩のところで目標(Jリーグトップ3とACL出場権獲得)を達成できなかった。 紆余曲折もあった3年間を、モンバエルツはどう振り返るのか――。 帰国前の慌ただしい時間の合間に話を聞いた。 「スポーツの面ではひとつのプロジェクトを実現できた」 ――日での3年間をどう総括しますか? 「まず私を日に呼んでくれた横浜F・マリノスとシティ・フットボール・グループに感謝している。日行きのオファーは驚きだったが、彼らが支えてくれたおかげで充実した時間を過ごすことができた。 スポーツの面ではひとつのプロジェクトを実現できた。クラブは転換期を迎えていたが、転換はある意味で成功した。もちろんこれからも継続していかねばならないし、われわれが実践したプレーはまだ

    横浜F・マリノスでの3年間を告白。モンバエルツ前監督は何を目指した?(田村修一)
    hinopapa
    hinopapa 2018/01/30
  • いつもマリノスと共にあった……。中村俊輔、心の痛みと新たな旅立ち。(二宮寿朗)

    あのときの中村俊輔は、どこか寂しげだった。 12月29日、大阪・長居スタジアムで行われた天皇杯準決勝。鹿島アントラーズに敗れるとキャプテンは、ピッチに座りこんだ齋藤学を引き上げて背中をポンと叩いた。そしてチームメイトを引き連れてサポーター席へと向かい、一列に並んで頭を下げた。 「シュンスケー!」 その声に反応するように彼はサポーター席を眺めて拍手をしてから、クルリと背を向けた。もう一度手を挙げて声援に応じる。足元を見つめながら前へと進んでいく。その姿は、迷いを断ち切ろうとしているようにも感じられた。 彼にとってマリノス最後の試合になるかもしれない。その思いもあって、筆者はマリノス側の観客席から試合を見ることにした。ファン、サポーターにとってどれほどの存在なのかを、あらためて肌で知っておくために。 残留を望むサポーターたちの願いは、彼に対する思いは、痛いほど伝わってきた。背番号10の胸にも突

    いつもマリノスと共にあった……。中村俊輔、心の痛みと新たな旅立ち。(二宮寿朗)
    hinopapa
    hinopapa 2017/01/13
  • ザック構想の3トップで「真ん中」候補!ハーフナー・マイク代表入りの可能性。(二宮寿朗)

    父親のディドはオランダのトップリーグで活躍後、1986年にマツダSC(現サンフレッチェ広島)にGK兼コーチとして来日。母親はオランダの7種競技の元チャンピオン。弟は名古屋のユースチームでセンターバックで活躍中。1994年に家族全員で日国籍を獲得した 194cm、86kg。 ヴァンフォーレ甲府の“大型ストライカー”ハーフナー・マイクの株が上がっている。 6月22日のJリーグ第17節終了時点で得点ランキング4位タイの6ゴール。そのうちアルベルト・ザッケローニが視察に訪れた試合で3ゴールを決めており、「日本代表入りへアピール」などと注目するメディアも増えてきた。 このハーフナー・マイクの最大の特徴と言えば、空中戦の強さ。 恵まれた体躯だけでも相手との競り合いに勝つには十分なのだが、落下地点に入るポジショニング、タイミングや駆け引きも巧い。そのため、競り合いにも余裕が出てくる。ヘディングの強さだ

    ザック構想の3トップで「真ん中」候補!ハーフナー・マイク代表入りの可能性。(二宮寿朗)
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