写真を“産む” -- 有田泰而の「First Born」を巡って 飯沢耕太郎(写真評論家) 有田泰而と彼の写真に対して、それほど深くかかわってきたわけではない。むろん雑誌等で彼の作品を目にする機会はたくさんあったし、個展にも足を運んでいた。1982年の絵画の個展「18枚の絵」(トーキョー・デザイナーズ・スペース)の時だったと思う。会場で黒のスーツに蝶ネクタイ姿の彼と立ち話をしたのをおぼろげに覚えている。写真家が自作の絵を発表することについて、照れくさそうに「こんなことを始めちゃって」などと話してくれた。 そんな淡い、断片的な記憶しかない有田の仕事の中で、例外的にいつでも鮮やかによみがえってくるのが「First Born」である。このシリーズの中の何枚かの写真、そしてそれらが『カメラ毎日』の誌面におさまっていた、そのたたずまいまでもがくっきりと脳裏に刻みつけられているのだ。しかもその記憶は薄
インターネットで情報を集めようと思っても 詳しいことが、あまり出てきませんでした。 ある時点から、アメリカに渡られて レッドウッドの森で暮らし、 絵画や彫刻などの創作に取り組んでいたとか、 どこか「謎めいた感じ」を受けました。
上田義彦さんの展覧会「Materia」が、2月10日から開催される(「Materia」とはラテン語で「木の幹」という意味)。これは、昨年3月の東日本大震災直後、上田さんが屋久島へ渡り撮影したもの。 上田さんと言えば、アメリカ・ワシントン州の森を捉えた「QUINAULT」の印象が強い。あの細部までピントが合った、深く濃密な空気感の写真を思い描く人も多いはずだが、今回の屋久島のプリントは明るい。 なぜ知っているかと言うと、昨年開かれた「火山の島」の個展についてSHOOTINGでインタビューした際に、次のプロジェクトとして、一部プリントを見せて頂いていたからだ。(「火山の島」インタビューはこちら) 1991年に発表した「QUINAULT」から21年。混迷する政治・経済、また震災や原発の影響が懸念される中、千年以上生き続ける巨木を見つめる事で「人間も自然界の一部」その大きな時間軸の中で生命を営ん
東日本大震災 3.11 から間もない頃、花人・川瀬敏郎と写真家・上田義彦のコラボレーションによる「鎮まる」の撮影は行われた。 『花は花の事情で己から鎮まる。それは人間にとって絶対他者であるが故に、人を救うことができる。』 編集者/クリエイティブディレクターの後藤繁雄氏は、川瀬氏のこのことばが「畏怖すべき自然が逆説的に人を換気させる倫理のありようを問いかける」と書いている。(アートメディア「Tobi」本展覧会の特集より) 花:枯蓮の葉 器:古代ローマ時代 テラコッタ製足形残次 個人蔵 © Yoshihiko Ueda 川瀬氏は1948年京都生まれ。幼少より最古のいけばな流派 池坊の花道を学び、日本大学芸術学部を卒業後、パリ大学へ留学。帰国後は流派に属さず、いけばなの原型である「たてはな」と千利休が大成した自由な花「なげいれ」をもとに、花によって「日本の肖像」を描くという独自の創作活動を続ける
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