「なあんにも苦労してない綺麗な手」 一人暮らしの私の部屋に訪れた母は、私が風呂にはいっているあいだに洗い物をすべて片づけてそう言った。 母の人生は私のための人生だった、なんて考えるのはおこがましいけれどそう思う。私が8歳だったある夜、父の暴力に耐えかねていますぐ私を連れて逃げようとする母に私は、この家から出ていくのが嫌だから、出ていかんといてと泣いて頼んだ。母は泣き崩れ、結局その夜は出ていかなかった。それから私が成人するまで出ていかなかった。私は18歳の春、大学進学で母よりも先に家を出ていった。あけるとシャラシャラ音がする、ぼやけた厚いガラスの扉の家だった。 責任感が強く、仕事も家事も育児もすべて一人でやることを当たり前だと思っていた母。想像を絶する母のつよさによってもたらされたものを当然のように享受してきたことに、私は一人暮らしをしてはじめて気がついた。 「お母さんピアスあけたかったんや