谷川浩司に、得体(えたい)の知れない恐れ、焦りを覚えさせた「羽生マジック」とは、いったいどのようなものだったのか。谷川はこう話す。 「羽生さんは、局面を複雑化させることに若いころから長(た)けていました。対局の終盤、不利な局面を迎えると、プロ棋士でも諦めたり、投げやりになったりすることがあります。ところが羽生さんは、劣勢であっても最善を尽くせる。だから、優勢であるはずの将棋になかなか決着がつかない。勝っていたはずなのに、こちらがだんだんと劣勢になっていく」 羽生の粘りは正確な判断を遠のかせた。他の棋士が思いつかない一着から形勢が逆転する。それこそが羽生の強さだった。 「相手が誰であっても、現状の局面は同じはず。でも、目の前に誰が座っているかによって、判断が変わってしまう。羽生さんは、その判断を鈍らせる、または誤らせる、そんな雰囲気を作っていました」 傑出した存在として20代を過ごし、30代