──前回は良妻賢母主義と美術教育について伺いました。明治時代の美術教育は、女性の芸術家を育成することではなく、子どもの教育に役立つ教養を身につけることに主眼が置かれていたというお話でしたが、そのなかでも画業で身を立てる女性が少しずつ生まれていましたよね。実際のところ、日本で女性アーティストが増えるのはいつごろからなのでしょうか? 明確な区切りはありませんが、私の感覚としては大正時代以降です。1900年(明治33年)に私立女子美術学校(現・女子美術大学)が設立され、その教育を経たアーティストの層が厚くなったのが大正期でした。例えば、足助恒という画家は女子美の西洋画科の第1期卒業生です。彼女は岡山の酒造家の長女で、周りに絵画に携わる人がいませんでした。 ──これまで連載で紹介したアーティストの多くは、身内に画家がいたり、幼いころから画を習える環境にいました。そう考えると時代の変化を感じます。
