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国家と哲学に関するhystericgrammarのブックマーク (2)

  • 柄谷行人と「帝国」論の隘路 ――ウィットフォーゲルとマルクスの間で(上) | ちきゅう座

    <石井知章(いしいともあき):明治大学教授> 「わがヨーロッパの反動派が、すぐ目の前に迫っているアジアヘの逃亡のさい、ついに万里の長城にたどりつき極反動と極保守主義の堡に通じる門前にたったとき、門の上に次の文字をみないと誰が知ろう――中華共和国・自由、平等、友愛」(『マルクス・エンゲルス全集』、第7巻、223-224頁)。 はじめに 柄谷行人の『世界史の構造』(岩波書店、2010年)は、前著『トランス・クリティーク――カントとマルクス』(2001年)で最初に提出された「交換様式」の観点から社会構成体の歴史そのものを見直すという方法によって、現在の<資=ネーション=国家>を超える展望を開くことを主な目的としていた。柄谷にとって、「マルクスをカントから読み、カントをマルクスから読む」という行為は、ヘーゲルをその前後に立つ二人を「批判的に」読むということを意味している。ここで柄谷は、マルクスの

  • オミッド・サーフィ先生:「文脈、文脈、文脈」 – 裏庭の雑記

    デューク大学イスラム学センターのディレクターをつとめるオミッド・サーフィ先生がOn Being with Krista Tippettというとこに書いている週1連載のコラムがあります。毎週木曜更新なのですが、1/7更新分のはふだんの倍近い長文でした。 “Ten Ways on How Not To Think About the Iran/Saudi Conflict”。他の要因はすっとばして「宗派対立」で説明しちゃいたくなる誘惑は強い。スンニー、シーアといった宗派の相違が対立の要因に全くなっていないとは言わないが、でも決してそれ『だけ』ではない。文冒頭にもある通り、要約するとそういうことが書かれたコラムですが、では理解するためには何が必要なのか、 let me share a few points that I think might be useful to keep in mind

    オミッド・サーフィ先生:「文脈、文脈、文脈」 – 裏庭の雑記
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