「ぷよぷよを一緒にしてくれた」ゲームに夢中で不登校だった僕に、親がしてくれた神対応 49,354 View 昔不登校でした。学校が全く楽しくなくて、家でゲームばかりしていました。辛い時期もありました。今子育てする立場に立って、どうやったら自分の辛かったことを子どもに体験させず、でも伸び伸びとこの子らしく育つてられるんだろう。と日々考えながらしていることを自分の体験を踏まえてお伝えしようと思います。
自己肯定感について言及したブログを読みました。 母親の呪縛~自己肯定できない女達 - ぼくら社Blog (id:bokurasha) 自己肯定感ってどうやったら上がるの? 親に愛されてきた人が語る決定的に間違った毒親との関係 何をやっても劣等感がすごいんだ。 暗いので、こじらせてる感じが好きな人以外は読まないほうがいい記事…。 - おおきくなりたくありません 最近、日経ウーマンですら「褒め日記で自己肯定感UP!」といった特集を毎号やっているくらいで、最近の流行なんでしょうか。 ひどく複雑で、苦しい気持ちを抱えて生きている人がたくさんいるんだと思いました。 私は母とはほぼ絶縁しています。 メールや電話を拒否している訳ではありませんが、基本的には家族としても、金銭的にも一切交流しないということで合意ができています。 父は私が中学生のときに一方的に出て行ったため、いません。弟とは年に数回細々とメ
<< 前の記事 | トップページ | 2011年05月17日 (火)「私を叱らないで下さい」 今月16日のクローズアップ現代で、認知症の方への接し方のヒントになる番組を放送しました。 タイトルは、「私を叱らないで~脳科学で認知症ケアが変わる~」。 「叱らないで」。この言葉は、島根県出雲市の認知症専門医高橋幸男医師が気付いた認知症の人の心の叫びです。 写真は、認知症の人が自ら綴った手記。 ここに「叱られる」という言葉がたくさん書かれていたのです。 「私自身はできるだけ自分のミスをフォローするように努力していました。でも息子に気付かれて叱られ、私もつい大きな声を出して口げんかになってしまい、情けなくてつい涙を出してしましました」(70代女性)。 「息子と一緒ですけど、ほとんど口も聞きません。唯一やっていることは、私を叱り付けることだけ。寂しいだけです」(80代女性)。 高橋医師は、認知症の
夫が亡くなったときの対応について わがままを聞いてはいけなかったろうか? 1年前、夫は肺ガンで亡くなった。健康診断を受診したときは、もう手遅れで「あと半年の命」と宣言された。夫自身には期限は知らせず、末期ガンなので苦しい治療になるとだけ伝えた。 個室に入れてもらったこともあって、家族の面会は自由に近かった。私は昼前に病院に行き、食事を共にし体を拭き洗濯ものを回収し、日常の買い物などをした。 抗ガン剤の投与で病状が回復すれば、1週間くらい帰宅し、また具合が悪くなって再入院。それを4回繰り返したころ、とうとう抗ガン剤投与で体調が悪化した。もう抗ガン剤は使えない。死を待つばかりの状態になった。主治医の先生が「残念ですが、もう手がありません」と夫に告げた。 そのときから、夫のわがままがひどくなった。 まず、私に帰るなと言い出した。一人で夜を過ごすのが寂しいのだと言う。家には高1と高3の子供がいる。
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