コロナ騒動でしみじみと噛みしめている 仕事に関しても、金銭面に関しても、全く不安がない 「普段感じることのできぬセーフティーという名の悦楽...」 標題とか、この台詞とか、ほんと実感
コロナ騒動でしみじみと噛みしめている 仕事に関しても、金銭面に関しても、全く不安がない 「普段感じることのできぬセーフティーという名の悦楽...」 標題とか、この台詞とか、ほんと実感
怒らない人生が欲しい人に。 マスゴミ、経済学者、暴走老人と、世に怒りの種は尽きまじ。新聞読まないのは心の平穏のためだし、オフィスではひたすら平常心、妻の罵倒は御褒美です。それでも「イラッ」とくる瞬間が怖い。いったん怒りのスイッチが入ったら、どんどんエスカレートして逆上するから。そして、ずっと後になっても何度となく思い出してはネチネチ自分を責めるハメになるから。 なんとかせねばと読んだのが『怒らないこと』、これは素晴らしい本だった。なぜなら人生変わったから。「一冊で人生が変わる」ような軽い人生なのかと言われそうだが、違う。「怒り」の悩みは常々抱えており、ガン無視したり抑圧したり、王様の耳はロバの耳を繰り返してきた。上手くいったりいかなかったり、アンガー・マネジメントはかくも難しい。だが、そういう苦悩を重ねてきた結果、この一冊をトリガーとして一変させるだけの下準備になっていたのだろう。とにかく
ゆっくりとしたハーフスクワットで大腿筋を追い込んでみてください。 辛くなってから更に3回、限界だと思ってからあと5回。 この2分ほどの時間は、どんなライフハックよりも自己啓発よりも 高レベルの内省と精神統一をあなたにもたらしてくれます。 スクワットが終わったら座ってみましょう。 さっきまでとは座っている感覚が違うと思います。 パンプアップした太腿が全身にここちよい充実感と血流を運んでくれています。 どれだけたくさんライフハックを齧っても手に入らなかった自己変革感が得られましたよね。 こういうことなんです。 ジム通いを試した人は多いと思いますが、何故か皆さんカーディオにいかれますよね。 ウエイトトレーニングなんです。本当に必要なのは。 ウエイトトレーニングは短い時間に集中して力を出し切ります。 1回1回が己との対話であり克己心の連続であり、発見の繰り返しなんです。 ベンチに寝てバーベルを挙げ
日本とニュージーランドを往復しつつ、自由に生きる術を見つけた四角さん。 自由を獲得するために捨てたものもたくさんあるだろう。 捨てたものの中には、古い価値観では「大切」とされてきたものも多い。 だが、今の僕らには、そんなモノはもう必要ではないのだ。 四角さんの本の中から、同じように自由を掴んだ僕の視点を絡めて、自由であり続けたい人が捨てるべき10の古い価値観をリストしてみた。 早速いってみよう。 自由であり続けたい人が捨てるべき10の古い価値観 1. いま使わないモノを捨てる 僕を含め多くの人は、「大切なもの」を取っておく習慣を持っている。 「モノを大切にしなさい」と子どもの頃から言われて育ったせいもある。 もちろん「モノを大切にする」ことは大事なことだ。 だが、使わないモノを溜め込んで家をぎゅうぎゅう詰めにしておくことに意味はないのだ。 モノに囲まれる生活は、モノに囚われている生活だ。
2011年9月15日 日本の若者の幸福度が70%ちかいという事実をどう解釈するか? テーマ: 書評, 社会論 絶望の国の幸福な若者たち という本を読んでいる。かなり面白い。まだ半分くらいしか読んでいないが。その中で、早速、そのとおりと思ったのが、幸福に関する論証だ。 なぜ日本の若者はこんな不幸な状況におかれているのに、立ち上がろうとしないのですか? この本では「なぜなら、日本の若者は実はとっても幸せだからです」という逆説を指摘している。 なんと、自分がいま幸せだと感じる若者は、高度経済成長期やバブル時期よりも顕著で、なんと失われた20年にはいってから今が幸せだと思う若者の割合は増え続け、ついに過去最高の70%に達しようというのだ。 世界幸福度*ランク1位のブータンや北朝鮮にせまろうかという数字。 これはいったいどういうことか。この本の論証によると、 将来の可能性がとざされた人は
何年たっても、当直業務というものはやっぱり怖い。研修医だった頃、平然と業務をこなす上の人たちを見て、自分もいつかああなれると信じていたのだけれど、怖いものはやっぱり怖くて、年次を重ねて、恐怖はむしろいや増した。 希望を捨てることについて。 尋問には希望が必要 戦争で捕虜になった人を尋問するときだとか、あるいは刑事事件で容疑者を尋問するときもたぶん同じだろうけれど、尋問や拷問のような手法を使うときには、何らかの希望を見せながらでないと、効果がなくなってしまうのだという。 それが尋問であれば、相手をどれだけ執拗に問い詰めたところで、話したところで状況が変わらないのなら、尋問を受ける側には意味がない。尋問を行うときには、まずは「答えてくれればこんなところからさっさと抜け出せますよ」とか、「早く帰って、子供さんと一緒に話がしたいですよね」だとか、そこから抜け出せる可能性をまず提示して、手を伸ばせば
(ブクマのコメントやトラバを読んで、考えを整理した結果、自分の文章には 1.「努力しない人」と「努力しない上に、その結果生じた不利益に不満を並べる人」を混同している 2.「努力」と「成果」を混同している(努力したが成果が出ない、というケースを想定していない) という二つの特に大きな欠陥があることがわかりました。 1. 以上の点を踏まえ改善してみます。 (努力が成果に結びつきやすい分野で、かつ「努力をしなかった場合どうなる可能性があるか」という情報が共有されているという前提のもとでは) 「そもそも努力しようとしまいと生き方は人それぞれだし勝手だし自由だ。 でも君がそれを選択したのならば『ブーブー言うのは』みっともない。 選択したわけでもないのに望まぬ状態に置かれたのであれば、それはなんとかしてあげたい」 となり、また、最後の式は 努力しなかった結果生じた不利益を被るのは当然だし同情の余地はな
先月の下旬の話。アキバで野良黒猫と晩酌しつつ飯を食っているとメールが届いた。 Hashさん 74冊の面接官です。 ブログ拝見しましたお元気そうで何より。 ( ゚Д゚) <- Hash 。 。 / / ポーン ( Д ) (参照: コンサルの面接で「74冊読みました」と言ったら「それは何がすごいの?」と返された - ミームの死骸を待ちながら ) いや。 いやいやいやいや。...ずいぶんブクマがついてまずいなとは思っていたのだが、まさか見つかろうとは。どうしよコレ、業務なんたらアレ罪? ...と取り乱すも、会社とは関係なくお話でも...と誘われたので、のこのこと恵比寿のイタリアンな店でお食事してきた*1。 発見の経緯を聞くと、面接官 (仮に、多田さんと呼ぶ。理由は後述) の後輩がはてなーで*2、僕のエントリを見て「このコンサルってどこですかねー」と多田さんに話を振ったところ「それウチだよ」と
id:pollyannaさんの記事を読んだ。 共働き夫婦が支え合うべきこと - 理系兼業主婦日記 子供が一人目で小さいうちは、ものすごくたくさんの不安といらだちと気遣いに振り回されて、神経をすり減らしているだろう という点に関して。 日本の平均的お母さんたちは、小さい子どもの世話に関して、その他の先進国と比較するとものすごく良く頑張っていると思う。 まず帝王切開の率が低い。北米やヨーロッパの一部では痛いのはイヤだという理由で帝王切開を選ぶ妊婦さんが結構いる。次に母乳で頑張ろうとしている(ような気がする)。ミルクはほぼ粉ミルクしか売っていなくて、これは分量を測って熱いお湯で溶かして人肌に冷ますという手間がかかる。カナダのように調整済みの液体ミルクを温めもせずそのまま飲ませればいいということはない。そして何故か公立保育園に布おむつしかダメなところが多く、「手作り」の布団カバーや袋物を要求された
「何か冷たいおやつでも」とでも思ってしまったのだろうか? 兵庫県で男児(事故当時1歳9カ月)が祖母に凍ったこんにゃくゼリーを与えられてのどを詰まらせ、9月20日にその幼い命を落としたという。家族の気持ちを想像するといたたまれない。国民生活センターによると、こんにゃくゼリーによる犠牲者はこれで17人にも上る。1995年にその危険性が広く知られるようになってから13年。なぜ"悲劇"は繰り返されるのか? なぜ規制が進まないのか? 2歳の娘を持つ親でもある筆者が、"母親の目線"からもレポートする。 「凍らせるとより危険」 国民生活センターによると、男児が祖父母宅でこんにゃくゼリーをのどに詰まらせ救急車で運ばれたのは7月29日。祖母から与えられたのはマンナンライフ(本社・群馬県)の「蒟蒻(こんにゃく)畑マンゴー味」を凍らせたものだった。約2カ月後、男児はまだ2歳にも満たないその幼い命を落とした。 こ
32です。お礼ありがとうございます。 手紙投函して少しは落ち着きましたか? 精神状態が不安定な人はどうしても他人に甘えてしまいますよね。 私の友人にもいましたので、よくわかります。 私の友人も、メールで突然私の家に「遊びに行きたい」って書いてきたかと思うと、(夕食時とかに) 「急に用事が入って行けない」 ってまたメールがきたり・・。 でもね、そういうのって、された人が皆<額面どおりに怒る>ばかりじゃないのですよ。 あ~またきたか。って思うけど、それはドタキャンの部分じゃなくて、 遊びに行っていい? っていう最初のメール部分。 拒絶されるかもって思いながら、聞かずにいられない。 あ~いま、あのこは不安定なんだな。 って思うので、実際には急に来られちゃ困るのよ的なときも多々ありましたけど、 いつも私からの返信は 「いいよ。きてきて」でした。 最初はまじめに真剣にとって、ほんとに来るなら足りなく
2008年01月27日20:00 カテゴリArt 暇を作れぬ奴に金は作れない い、以下に同じ。各位しばしお待ちを。 ガラパゴスで暇人は国富に非ず - 雑種路線でいこう 原稿がさっぱり進まないのに、またブログを更新している。本当に救いがたいな。けれども誰だって試験の時期に限って部屋を片付けたり、締め切りが迫っている時に限って「これで生産性が上がるんだから」とか言い訳して.emacsを編集したりするだろ。人間ってそういうもんだよ。 必要な暇を作るべくentry. ガラパゴスで暇人は国富に非ず - 雑種路線でいこう たぶん暇は創造性を刺激しない。それに暇人を増やしたら犯罪者が増えることは統計が証明している。 それは暇が何たるかを知らぬのだ。 「忙」というのは、「時間がない」のではない。文字通り「心が亡い」、すなわち配るだけの心がない、ということなのだ。 荘司雅彦にしろ、勝間和代にしろ、藤沢晃治に
「信じる」というのは楽なことです。疑うのは大変なことです。例えば、人を疑えば、その人の言動が何か別のものを含んでいないかといちいち考えるようになりますし、行動の裏をとったりとろうとしたりするようになります。これって、とても面倒です。対象が一人でも大変ですが、多くの相手を疑うとすれば、自分が他人を疑うことで支払うコストは考えたくないものになります。 そのコストをカットするにはどうするか? 対象を信じることです。疑わないことです。たとえ心の底からは完全に信じられずとも、対象を探る努力を止めることです。 よく人は「信じていたのに裏切られた」と泣き言をいいますが、その多くは疑うコストを放棄して楽をしようとした結果に過ぎないのではないでしょうか? けれども……、僕は疑うコストを支払うのが面倒で、多くのことをまるのみにして暮らしています。けれども、人をきちんと疑えず、騙されてしまったときに、世の多くの
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