「先生、英語で『ただいま』はなんと言えばいいんでしょう?」 「うーん、英語では『ただいま』に当たる言葉はないねえ……帰ってきてそこに家族がいれば”Hello.”と声をかけたりするから、それが『ただいま』と言えないこともないけど……ああ、そうそう、こんなのもあったな……」 そう言って先生が教えてくれた短い文を、中学生だった私は、素直に記憶しました。 ただいま、という言葉を口にする度に、ためらいを覚えるようになったのは、いつからだったのでしょう。 私には家がない、という思いに捕らわれるようになったのは、何年前のことからだったのだか。 実家は未だに私の家です。私は帰省するとき「ただいま」と声をかけます。 けれど。 私が親元を離れて生活するようになって、既に十年が経ちます。 当然のことながら、家の中に私の痕跡は薄い。あの家は両親の家なのであって、私はたまにそこを訪れる親しい客に過ぎないのだなあとい