全日本プロレスの渕正信取締役が16日、故・三沢光晴さんとの思い出の地・東京体育館を訪れ、亡き後輩レスラーを偲んだ。王道マットで共に歩んだ1980年から栄光の90年代。かつて三沢さんと交わしたある男の約束から、ふたりで編み出したフェースロックの開発秘話など、袂を分った三沢さんとの知られざるエピソードを語った。 −−三沢さんが13日に亡くなりました。 渕 いまだに信じられない。まさか俺が三沢についてこうやって喋ることになるなんて思わなかったから。もう会えないっていうのは、本当にはかないよ。 −−最後にお会いしたのはいつですか。 渕 2005年に橋本選手の葬儀を青山でやったときに会ったのが最後。2004年に俺の父親が亡くなったんだけど、そのときに三沢が花を贈ってくれたから、それのお礼を「ありがとな」って言って、言葉を交わしたのを覚えてる。そういうところを律儀にちゃんとやってくれる真面目なヤツだっ