日本新党から29歳で初当選、11回連続当選の末に今年2月の衆院選で初落選を喫した枝野幸男氏(61)。比例復活もならず民意を突きつけられた今、驚くほど冷静に、そして鋭く次の一手を見据えている。 政治家としてのイメージが強い枝野氏だが、元々は弁護士だった。1988年に司法試験に合格し、1991年に司法修習を修了、弁護士に登録した(43期)。 弁護士を志した原点であるリンカーンへの憧れから、東日本大震災の際に官房長官として「枝野寝ろ」と言われ続けた極限の記者会見の内側、老朽原発リプレイス論の真意、そして共同親権・防災庁への深い憂慮まで——政局分析ではない「政治家としての信念」と、やり残した課題を語った。(聞き手:岩田いく実) 弁護士を志した原点は「リンカーン」 弁護士を志したきっかけを教えてください。 枝野氏:実は、子どもの頃から「政治家になりたい」という思いが先にありました。家が政治家系だった

