2016.07.08更新 昭和47年3月。 明日への不安に支配された東京・三宿の安アパートで、喜和は小さなテレビに映されるワイドショーを眺めていた。 参院議員になったばかりの野末陳平が得意の姓名判断を披露するコーナーだった。 野末は、ある出演者の名前を占いながら言った。 「あなたの名前は漢字が左右対称なので、運勢は~」 喜和は面白いものだな、と思った。 名前について考えるのに、左右対称とか非対称とかいう概念が存在するのだと。 物心ついた頃から、喜和は自分の名前が好きではなかった。 姓が「伊藤」のため、2文字目の「藤」という画数の多い文字を書いた直後に、再び「喜」なる一字が続くのは均衡を欠いていると思えた。 名前の2文字の中に「口」が3つも含まれているのも嫌だったし、読み方からして「よしかず」と濁って締めくくられる語感が好きにはなれなかった。 何より、将棋という勝負の世界で生きるようになって