"「ぼくはね、現実世界に対してなんで右クリックが利かないのか、それが子どもの頃から歯がゆくってさ」 初対面の日、学内のカフェテリアでランチをぱくつきながら教授はそう言った。思わず訊きかえした。 「それは、あの右クリックですか」 「うん。あの右クリック」 ちょっとなつかしい。もうあのデバイスはないけれど、この言葉だけはかろうじて残っている。 「・・・現実に右クリック?」 「だって理不尽じゃないか、西日に向かって運転するとき、だれだって太陽のあかりを落としたいと思うでしょう?」 「そうでしょうか」 ふつうはサングラスの算段をするはずだろう。 「学内のカフェでありついたパスタのソースに我慢できないときに」 教授はパスタの皿にフォークを寝かせた。 「視界のすみにスライダを表示させて味のバランスをいじりたくならない?」 "