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*あとで読むと漫画に関するkalmalogyのブックマーク (2)

  • 「キャラクター主格」と「ストーリー主格」

    キャラクター主格とストーリー主格 ~「ストライクウィチーズ」と「屍姫 赫」の話~ 【フィクションの構造(改訂版)】http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/20b7e8c2e08342aa85b67711cec8c763 【物語三昧】http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20090110/p5 LD >> もし、ストーリーで組まれている「路線」がテーマであり、キャラクターはそれに従わせるべきものであり、欠員を出す事が路線の完うであるなら、欠員を選択するんですよね。「ストウィ」がストーリー主格の作品なら、そういう選択になってくるという話をしたつもりです。 ペトロニウス >> なるほど、「路線」(ほっておいても出てきてしまうもの)と、テーマ(意識して主張したいこと)をわけるわけですね。 ペトロニウスさんとの話題でキャラクター主格と

  • 阿部嘉昭ファンサイト: 『ドラゴンボール』における戦闘シーンのスピード感に関する分析(鈴木 研一郎)

    【解題】 この鈴木研一郎君の『ドラゴンボール』戦闘シーンのスピード感に関わる分析は、僕のような『ドラゴンボール』門外漢にとっても滅法面白い。真面目にそういっているのだ。マニアは随喜の涙を流すことだろう。なぜか。 (1)主観的で視野狭窄的、けれどもそれでそのファン気質に個性が出来している。(2)ひたすらトリビアル――けれどもそれで「個別情景」が着実に浮かび上がり、読者は内容を知らなくとも作品を勢いと熱気に包まれながら、現実体験させられてしまう。(3)分析方法が科学的なのか非科学的なのか実は見当がつかず、どこかで「得体の知れなさ」に対する中間態の笑いが漏れ出す。(4)僕がつけたレポートタイトルにあるように、その「白眉」部分では鈴木君の記述の破壊性が猖獗し、結果、意外なことに「詩」も生まれている。(5)文章全体に『ドラゴンボール』がそうであるようなスピード感が接続されていて、それも書き手の愛の証

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