大塚家具をめぐるお家騒動が連日、メディアを賑わせている。経営方針をめぐる主張の違いが、父・勝久会長と娘の久美子社長による争いの一端にある。お家騒動ばかりに目がとらわれがちだが、そもそも大塚家具とは、どんな企業でこれまでどんな道を歩んできたのか。その創業物語や流通業界にもたらした功績、そしてつまずきの背景などをここで冷静に見てみよう。 「品質が良ければお客はわかってくれる」 勝久会長は埼玉県春日部市に生まれた。父親は箪笥(たんす)職人だった。箪笥を販売する家業を手伝うなか、勝久氏は消費者の行動をつぶさに観察した。お客はただちに買ってくれるわけではない。複数の店を吟味したうえでやっと購買にいたる。何よりも商品の品質こそが大切で、品質がよければお客はわかってくれる――。この原体験こそが大塚家具の理念となり、大塚流販売手法の礎となった。 勝久氏は1969年に独立し、春日部駅の西口近くに店を構えた。
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