翻訳の仕事をしていた頃、月に2〜3本、多いときは5本以上、「リーディング」という仕事を引き受けていた。 翻訳出版される前の原書やときにはプルーフと呼ばれるタイプ原稿を読み、 A4用紙で10枚程度のあらすじと評価をまとめる仕事だ。 小説の翻訳はもちろん、小説のリーディングをまとめるときにも、 いつも最初に考えるのは、英語の1人称"I"を、なんと訳すか、ということだった。 言うまでもなく日本語の1人称はほんとうに豊富で、ごく一般的なものだけでも、 私、わたし、わたくし、僕、ぼく、俺、おれ、などがあり、 さらに、ちょっと変わったところで、それぞれのカタカナバージョン(ワタシ、ワタクシ、ボク、オレ)や、 わし、ワシ、吾輩、あたい、さらに、「あゆみはね……」という具合に自分の名前をそのまま使うケースなど、 ほんとうにいろいろなバリエーションの中から、選ぶことができる。というか、選ばなくてはならない。