古墳の石室が露出しているところに賽銭が撒いてある例というのはあまり目にしたことがないけれど、西谷1号古墳(海田町)の花や、御年代古墳*1の石棺上の小皿など、墓所への接し方の現れとしてお供え物が見られることはままある。 中国新聞アルファ 古墳と知った上で現代人がそう接するとすると、「籠り塚」*2や「火の釜」*3と呼ばれていたような頃、墓ではなく別の「古跡」と思われていたときの接し方は、意味付けによって異なる。 可部トンネルのすぐ北、九品寺古墳群の1号古墳は「穴観音」が祀られている。拝む対象が他から持ち込まれることで礼拝の対象になったと見るか、はたまた観音導入以前から拝まれる場所だったと見るか。 トウカイ 一、穴観音 一宇 岩穴ノ内 百姓 平吉抱 九品寺村「国郡志御用に付下調べ書出帳」 *1:http://d.hatena.ne.jp/kanototori/20101017/128732663
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