雪が降った木曜の朝8時、ブラックももひきをはいた私は、リクライニングチェアーに腰掛けて、口を大きく開いていた。 目の前にはマスクをしたインド系歯科医。 彼のタレ目に見守られ、これでもかとリピートされるクリスマスソングに包まれながら、残り1本になっていた私の前歯は勢いよく引き抜かれた。 たくさん打たれた麻酔のせいで痛みはなかったが、歯がなくなった後、何とも言い表せない寂しさを感じた。 診察が終わってトイレに寄った私は、口をニカッとあけて鏡を見た。 何だかなぁ、という気持ちが心を覆う。 こんな羽目になった原因は分かっている。しかし、その時の私は、30代で全ての前歯とさよならすることになるとは思ってもいなかった。 私の前歯は、入れ歯だ。 抜き差しするタイプや、両脇の歯で支えるブリッジタイプではなく(支える歯が欠けているため、不可能)、口内の形状に合わせて、上の歯茎にカパッとはめる形をとっている。
![残った欠片との別れ - 想像は終わらない](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/12d5d075ae868fcc830f73ac202fb33eef94321d/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fcdn-ak.f.st-hatena.com%2Fimages%2Ffotolife%2Fy%2Fyoshitakaoka%2F20171201%2F20171201112340.jpg)