タグ

ブックマーク / brighthelmer.hatenablog.com (18)

  • 結局は「制度」が大切なのだ、という話 - 擬似環境の向こう側

    いまから20年以上前、英国のホームレス報道ついて分析した論文で、以下のような指摘がなされている。 よりリベラルであったり、ホームレスに対して同情的なアプローチに立脚する一部のメディアは、その他のメディアに劣らずステレオタイプに依拠している。公衆の一般的な態度を反映して、それらのメディアは以下の事実を認めることに困難を覚えてしまう。その事実とは、ホームレスである人物が好ましくない人物であると同時に、支援を必要としている人物でありうるという事実、多くのお金を飲酒、またはドラッグに費やしすぎると当時に十分にべられるだけの支援にも値しうるという事実、部分的には自分自身の行為のせいで最後の家を失ったものの、いままさに頭上に屋根を必要としているという事実である。 (出典)Platt, S. (1999) ‘Home truths: media representations of homelessn

    結局は「制度」が大切なのだ、という話 - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2021/04/13
  • ネット上で社会学者の評判はなぜ悪いのか - 擬似環境の向こう側

    こんなタイトルのエントリを書くというのは、正直、悩ましい。 というのも、ぼくは社会学の正規教育は受けておらず、自分が社会学者だとはちょっと名乗れないからだ(制度的な理由で学位は「法学」だ)。 とはいえ、社会学部に勤務しているのは確かだし、社会学的なものに親しみもある。以下の文章は、あくまでそういう中途半端な立ち位置から書かれた「個人の感想」だということをまずは述べておきたい。 ネット上での社会学の評判はよくない。大変によくない。 実のところ、ネット上で積極的に発言をしている社会学者の数はさほど多くないと思うのだが、通常は社会学者だとはカテゴライズされない人も、「政治社会に関する発言をしており、かつ多くの人びとから反発を買っている人文社会系の学者」は「社会学者」とみなされてしまうことが結構ある。 それではなぜ、ネット上で社会学者はこんなにも嫌われるのだろうか。 社会学者が嫌いな人からは当然、

    ネット上で社会学者の評判はなぜ悪いのか - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2020/02/26
  • (書評)「プロパガンダ」史観の限界 - 擬似環境の向こう側

    素人が挑む「南京事件」 この八月、いわゆる「南京事件」を論じた二冊の書籍が出版された。 一冊は有馬哲夫『歴史問題の正解』(新潮新書)、もう一冊は清水潔『「南京事件」を調査せよ』(文藝春秋)だ。有馬は冷戦期プロパガンダ研究などで有名なメディア研究者、清水は桶川ストーカー事件や足利事件などの報道で知られる日テレビの記者である。 ここで注目したいのは、どちらも「南京事件」の専門家ではないという点だ。実際、清水の著作を見ると「南京事件」は「相当に面倒そうなテーマである」といった後ろ向きな記述や、事件に関する書籍の多さに愕然となるシーンなど、清水自身がこの事件について詳しい知識を持たなかったことが正直に吐露されている。 他方、有馬の著作は「書は日アメリカ、イギリスの公文書館や大学図書館で公開されている第一次資料に基づいて歴史的事実を書いたものである」という書き出しに象徴されるように、あくまで

    (書評)「プロパガンダ」史観の限界 - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2017/04/02
    南京事件 南京大虐殺
  • 拙著『ナショナリズムとマスメディア』について - 擬似環境の向こう側

    これは「ステマ」ではない 「ステマ」という言葉は、消費者のフリをして特定の商品やサービスの購入に他の消費者を誘導することを指す。以下の文章は、を買って欲しい、あるいはせめて最寄りの図書館にリクエストを出して欲しいという著者の切なる願いの反映であり、あえて言えば宣伝文である。 したがって、これは「ステマ」ではない。 「ナショナリズムとマスメディア」事始め ぼくが「ナショナリズムとマスメディア」というテーマで研究を始めたのは、1995年のことだ。当時、ぼくは大学3年生だった。 もともとは国際的な経済格差に関心があり、たまたまマスコミュニケーション論のゼミを志すことになったことから、ゼミに入るための選考では情報発信力の国家間格差というテーマでレポートを書いた。 その後も同じテーマで研究を進めるべくを読んでいたのだが、そこで出会ったのがベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』というだった

    拙著『ナショナリズムとマスメディア』について - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2017/01/24
  • 「命の軽さ」が与えてくれるもの - 擬似環境の向こう側

    ずっと以前、「人口の多い中国では、命の重さが日とは違う」という趣旨の文章を読んだことがある。いまでもネットで検索すれば、そういう文章をすぐに見つけることができる。 しかし、当にそうなのだろうか、とも思う。子どもを喪った中国人の父母は「じゃあ、また新しく子どもを作ろうかね」とドライにさっさと切り替えられるものなのだろうか。 メディア上での命の重み 命の重さ、という点で言えばメディアの扱いもずいぶんと違う。 13日の夜にフランスのパリで発生したテロ事件。日ではメディアの対応が遅い、小さいという批判もあるが、それでも『朝日新聞』の14日夕刊と15日朝刊の一面はパリのテロが飾った。Facebookを眺めていても、フランス国旗をモチーフに自分のプロフィールをトリコロールにしている知人が何人もいる。フランス国民との連帯の意思を表明しているのだろう。 その一方で、パリでテロが起きる前日、レバノンの

    「命の軽さ」が与えてくれるもの - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2015/11/16
    “「途上国では人の命は軽い」という発想”
  • 言葉のブーメランが返ってくるとき - 擬似環境の向こう側

    ネット上ではやたらと攻撃的なひとが少なくない。 とにかく他者や他集団に対して攻撃的な書き込みをする。それも一つの芸風だと言ってしまえばそこまでだが、そういうひとは防御力が弱くなることも多い。 というのも、誰かを攻撃するためには何らかの理由が必要だからだ。「こんなに酷いことをする(言う)なんて」という理由によってひとは他者や他集団を攻撃する。だが、攻撃をする回数が増えるほどにその理由づけも増えていく。結果、自分自身の行動がそれに当てはまってしまう可能性がどんどん上がっていくのだ。そうなれば、自分自身の言葉がブーメランになって返ってくることもそれだけ多くなってしまう。言論戦において「攻撃は最大の防御なり」は必ずしも妥当しない。 もっとも、言動の一貫性など最初から気にせず、他人からそれを指摘されたとしても無視すればよいだけなのかもしれない。しかし、そういう人は他人からも「そういう人」だと見なされ

    言葉のブーメランが返ってくるとき - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2015/03/17
  • 犯罪報道の二つの方向性 - 擬似環境の向こう側

    多摩川沿いで中学生が殺害されるという痛ましい事件が起きた。 事件の詳細についてはまだ部外者が何も語れる段階にはない。にもかかわらず、すでに少年法の改正を求める声が上がっている。容疑者が未成年である場合に氏名などの報道を禁じている規定の改正が必要だというのだ。 第61条 家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。 (出典)少年法 (自民党政調会長の:引用者)稲田氏は「少年が加害者である場合は名前を伏せ、通常の刑事裁判とは違う取り扱いを受ける」と指摘。その上で「(犯罪が)非常に凶悪化している。犯罪を予防する観点から今の少年法でよいのか、今後課題になるのではないか」と語った。 (出典)「自公政調会長

    犯罪報道の二つの方向性 - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2015/03/17
    “今回の「厳罰化」要求は、罰を与えると想定される主体が政府ではなくマスメディアだということに特色がある。つまり、マスメディアには社会的制裁を与える力があると暗黙のうちに認めたうえで、その権力を拡大しろ
  • 移民の受け入れと異文化の共生 - 擬似環境の向こう側

    アパルトヘイトとエスニック・コミュニティ 『産経新聞』に曽野綾子氏が掲載したコラムをめぐって、大きな騒ぎが起きている。曽野氏がアパルトヘイト肯定とも解釈できる主張を行なったからだ。 人は誤解だとしているようだが、このコラムは高齢者介護のために移民受け入れの必要性を論じる一方、かつての南アフリカの事例を取り上げたうえで「住居だけは別にしたほうがいい」と語っている。アパルトヘイト肯定として解釈されても仕方がないように思う。 ともあれ、ネットで急速にシェアされ、ネット系のメディアが取り上げ、海外メディアが「安倍首相の元アドバイザー」の発言として報道するようになった。アフリカ協議会や在日南アフリカ大使から『産経』への抗議が行われて事件となったことで、やや遅れて日のマスメディアも取り上げ始めている。 曽野氏の主張に関してはすでに数多くの批判が行われており、その多くは的確なものだ。アパルトヘイ

    移民の受け入れと異文化の共生 - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2015/02/15
    “社会のなかの多様性が増していくことでお互いの信頼が失われ、人びとはより自分の殻に閉じこもるようになっていると主張”
  • 紛争地域の報道とメディアの責任 - 擬似環境の向こう側

    人質事件に端を発し、紛争地域での取材活動が大きな問題となっている。 1月26日には『朝日新聞』のイスタンブール支局長がシリアのアレッポに入り、2月1日には現地からの記事が同紙に掲載された。『毎日新聞』は1月31日にその事実を報じ、『読売新聞』や『産経新聞』がそれに続いた。 『毎日』の記事は、外務省が『朝日』に記者の出国を要請したという事実を報じるだけの短いものだ。しかし、『読売』や『産経』の記事は、『朝日』の記者が外務省の退避要請を無視してシリアに入国したことを伝えており、批判的なニュアンスが強い。 『読売』や『産経』のこうした姿勢に対して、ぼくは強い不快感を覚えるのだが、このエントリではその理由について述べてみたい。 そもそも、危険な地域での取材活動というのは誰かがやらねばならない仕事だ。情報の欠落はその地域で何が起きているのかを外部から見えなくしてしまう。もし第三者の観点から事態を報じ

    紛争地域の報道とメディアの責任 - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2015/02/09
  • 「表現の自由」の終焉? - 擬似環境の向こう側

    「表現の自由」=「強者だけの自由」? フランスでの新聞社襲撃に端を発する一連のテロ事件。「表現の自由」を脅かす深刻な事態であることは明らかであり、襲撃犯が厳しく罪に問われるべきことは言うまでもない。 その一方で、日語でのツイートを見ていると「あの新聞社の風刺は酷すぎる」という声は少なくない。また、ツイッター検索で“satire hate speech”で検索をかけると多くのツイートがヒットするのは、英語圏でも風刺とヘイトスピーチの違いについて疑問を持つひとがいるのだろう。 いずれにせよ、「表現の自由」という原理は、とりわけマスメディアのそれが関係する場合、もはやそれほどの訴求力を持たないのではないだろうか。言うまでもなく、表現に携わる人びとにとって自由はきわめて重要であり、それを維持するための努力は常に求められる。しかし、「言論の自由」や「表現の自由」が「強者だけの自由」でしかないという

    「表現の自由」の終焉? - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2015/01/10
  • ネットでのヘイトスピーチに関する取材手法について - 擬似環境の向こう側

    在日コリアンの方々に罵詈雑言を投げつけていた男性に関する記事が話題になっている。これだ(記事タイトルを一部改変)。 ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける中年ネトウヨの正体【前編】 ネットでヘイトスピーチを垂れ流し続ける中年ネトウヨの正体【後編】 力作である。著者の安田浩一さんのルポライターとしての力量を見せつける迫真のレポートと言っていい。 この記事で取り上げられている男性については、そのツイートがたまにリツイートされてくることもあり、ぼくも以前から知っていた。その内容は当に酷く、まさにヘイトスピーチと呼ぶよりほかにないものだった。それゆえ、この男性が安田さんの取材によって追い詰められていく様子に、ある種のカタルシスを感じたことは否定しがたい。 その一方で、この記事を読んで微妙な居心地の悪さも感じた。それは安田さんが男性の正体を探り当てる手法に起因している。男性のネットへの書き込みから

    ネットでのヘイトスピーチに関する取材手法について - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2014/11/20
    ネット炎上と同じ手法だから彼は2chねらーと同じ悪だっていうのは違うと思った。ネットの痕跡から調査するのって炎上に限った話じゃない
  • マスメディア批判の中心 - 擬似環境の向こう側

    マスメディアの報道は昔から繰り返し批判されてきた。 誤報、事実の歪曲、閉鎖的な記者クラブ、政府の発表をただ流すだけの発表ジャーナリズム、センセーショナリズム、取材対象との癒着、他社よりも少し早いだけの無意味なスクープ合戦、調査報道の欠如などなど。マスメディア批判の文脈で用いられる言葉は昔から驚くほど変化していない。 しかし、ここ数年、マスメディアが批判される理由が少し変わってきたのではないかという印象もある。このエントリではその変化について考えてみたい。 かつて、マスメディア批判の根には「必要な情報をマスメディアが報道しない」という問題意識があったように思う。つまり、権力に屈したり、情報操作に乗せられるかたちで、読者や視聴者が当に必要としている情報を届けていないということが批判されていたわけだ。記者クラブにしても、その横並び体質が調査報道の発達を妨げ、発表ジャーナリズムの温床になってい

    マスメディア批判の中心 - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2014/11/17
  • 「階級小説」としてのハリー・ポッター - 擬似環境の向こう側

    小説映画もずっと前に完結したハリー・ポッターについて、なんで今さら書くのか。はっきり言って特に理由はない。あえて言えば、今日読んでた論文に“scrounger”という単語が出てきて、「ああ、これハリポタでも出てきたなあ」と思いだしたというのが最大の理由だ。 さて、エントリのタイトルの通り、ハリポタは階級小説である。階級小説というのは、要するに社会階級の存在を中心的なテーマとして描く作品で、イギリスに数多く存在すると言われる。日のマンガでも、金持ちのボンボンとメイドとの恋を描いた『エマ』は階級マンガと言えるのではあるまいか。そして、ご多分に漏れず、イギリスで生まれたハリポタという作品も階級小説として読むことができる(たぶん)。 というわけで、以下はネタバレ満載なので、これからハリポタを読もう(見よう)と思っている人は止めておいたほうが無難だし、そもそもハリポタに興味がないという人にとって

    「階級小説」としてのハリー・ポッター - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2014/11/17
  • 吉田証言はどこまで国際世論を形成したか - 擬似環境の向こう側

    (ツイートのまとめに加筆) 吉田証言の影響力を検証するには 慰安婦の「強制連行」に関する吉田清治氏の証言とそれに関する報道はどこまで国際世論を形成したのか。いきなりで恐縮だが、ぼくには分からない。分からないのだが、これに関して思うところを少し書いておきたい。 吉田清治氏の証言やその報道が日韓関係にどれぐらい影響を及ぼしたのかについては木村幹さんが積極的に論じているが、ここでのテーマは広い意味での国際世論に与えた影響についてだ。 マスメディアの影響を考えるさい、もっとも一般的なのは、それが受け手(聴取者や読者)にどのような影響を与えたのかを検証するというものだ。ただ、今回の件に関して、この調査は非常に難しいだろう。 また、慰安婦問題の場合、吉田証言がクマラスワミ報告や米国下院の対日非難決議で採用されているということもあるが、内容の決定にあたってどの影響を及ぼしたのかについては意見が分かれてい

    吉田証言はどこまで国際世論を形成したか - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2014/09/16
  • 分析の封殺 - 擬似環境の向こう側

    再帰的な被告人 えらい文章を読んでしまった。『黒子のバスケ』脅迫事件の被告人意見陳述である。ネットで話題になったので、読んだ人も多いだろう。 「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開 「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開2 ぼくがこの文章を読み進めているうちに最初に思い出したのは、朝日平吾の事件だ。1921年9月、朝日は実業家・安田善次郎を刺殺し、その場で自殺している。橋川文三は『昭和ナショナリズムの諸相』という著作でこの事件を取り上げ、大衆社会論の枠組みを使って以下のように論じている。 朝日平吾の場合には、自己の存在が完全に断片化され、原子化された人間以下のものであるという強烈な挫折感がいだかれていた。… 朝日をつき動かした衝動は、逆説的な意味で不遇な大衆層のデモクラシー(=人間としての平等化)の要求を反映したものであり、伝統的な要因によって形成されたいっさいの人間的

    分析の封殺 - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2014/03/18
  • リベラルなナショナリストに勝ち目はあるか - 擬似環境の向こう側

    前回のエントリが意外なことに結構多くのブックマークを集めた。ブックマークのなかには「リベラル・ナショナリズム」について言及しているものもある。そこで、このエントリではリベラルなナショナリズムを取り上げてみたい。 …のだが、まずはぼくの個人的な体験談から。 あれはぼくがまだ大学院生だったころの話。友人と飲み会のあり方について議論をしていたときのことだ。ぼくは以前のエントリでも書いたように、アルコールに弱いこともあり、一気飲みなどで盛り上がるのが好きではない。たとえそれほど盛り上がらなくても、個々人が好きなように飲めば良いではないかという立場だ。それに対して友人は、飲み会で重要なのは場のノリなのであって、そういう空気を乱す行為は良くないと主張していた。 そこでぼくが思ったのは、思想の左右と集団主義的な思考というのはあまり関係ないのではないかということだ。というのも、思想的に見ればその友人はぼく

    リベラルなナショナリストに勝ち目はあるか - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2013/12/27
  • リベラルのことばが届かない - 擬似環境の向こう側

    ネット上では「サヨク」や「リベラル」を嘲笑し、罵倒する言葉に溢れている。 そもそも、誰が「サヨク」で誰が「リベラル」なのか、いまいちはっきりしないのだが、たとえば『朝日新聞』でよく見るような意見の持ち主を指すと考えていいんじゃないかと思う。護憲、歴史修正主義に反対、国際的融和の重視、反ナショナリズムといった主張がそれにあたる。他方で、格差や貧困の是正や社会保障の拡充などは典型的な左翼的主張だとも言えるが、この点についてはそれほど批判されない。 いずれにせよ、ここではそうしたリベラルの「ことば」が届かないという事態について考えてみたい。まず、12月25日の『朝日新聞』に掲載された星野智幸さんの論説を一部紹介しておこう。 それにしても、不思議に思う。あれほど政治や社会を熱く語ることを毛嫌いし、冷淡だった人たちが、今にしてなぜ、こうもナショナリズムに入れ込んでしまうのか。(中略) ナショナリズム

    リベラルのことばが届かない - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2013/12/26
  • ネットで炎上しないために - 擬似環境の向こう側

    一時は沈静化していたようにも思うのですが、最近になってまたネットの炎上が相次いでいます。そこで、以前、学生に配布するために作ったマニュアルの簡易版をアップすることにします。2年ぐらい前に作ったものなので、内容的には古くなっている部分もありますが、現在でもだいたいは妥当するのではないかと思います。 炎上を引き起こすような人自身がこの過疎ブログを見る可能性は皆無に近いと思うのですが、教員等の方が学生に指導なされるさいに参考にしていただければ幸いです。 どのような書き込みが炎上するのか 炎上するきっかけは、大きくわけて以下の4つのパターンに分類できる。 (1)悪事の告白 飲酒運転、キセル乗車、バイト先でのいたずら、未成年の喫煙・飲酒、違法ダウンロード、他人の写真のアップロード、カンニングなどの違法行為/反社会的行為の書き込み。これらのケースでは、炎上した後に「冗談だった」という言い訳がなされるこ

    ネットで炎上しないために - 擬似環境の向こう側
    kaos2009
    kaos2009 2013/08/14
  • 1