沼津市内でかつて運営していた銭湯「吉田温泉」(沼津市吉田)で12月20日、トークイベント「おっぱいの美術史」が開催された。 主催は、伊豆半島を中心にパフォーミングアートなどを企画する集団スケイル・ラボラトリィ。今回の企画について、代表の川上大二郎さんは「かねて女性の胸部について美術的な観点から伝えるイベントを考えていて、秘宝館などを探していたがスペースの問題で折り合いがつかなかった。そのときに、沼津の吉田温泉をライブ会場として知ることになり、銭湯であれば『おっぱい』をテーマにして行うことができると発見、実行した」ときっかけを話す。 会場となった吉田温泉は、1879年創業の大衆浴場で、現在の建物は1950(昭和25)年に建築。静岡県には9件の大衆浴場があり、同所は最後の大衆浴場と言われていた。同施設は今年から休業に入っており、今回の企画のために特別に開放されたという。 当日は2部構成で、日中
クーリエ・ジャポン読者のみなさま、はじめまして! かけだし西洋美術史研究者、めりと申します。 研究しているのは、「名作」と呼ばれる美術作品がドンドコ制作された奇跡のような時代、イタリア・ルネサンスの美術です。 ちなみに、「ルネサンス」はフランス語で19世紀に使われはじめた言葉ですが、16世紀当時のイタリア語ではこれを「リナシタ」(rinascita、再生)と呼んでいます。 さて、これらの名作はそもそもどのようにして「名作」になっていったのでしょうか。 現代の私たちがルネサンス期の名作と出会う場と言えば、美術館の展覧会がほとんどですが、当時はいまのような美術館というものがそもそもありませんでした。 では芸術家たちはどのように制作し、作品を世に出していたのでしょうか。 当時は「オーダーメイド」が常識でした。芸術家たちは、主な顧客である権力者や貴族のもとに営業におもむき、注文を取り、絵画や彫刻と
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