2007年01月14日01:06 カテゴリ本 大蔵省の接待汚職は検察の「後出しジャンケン」だった 私がイトマン事件を追いかけていたとき、必ず取材先に先に行っている朝日新聞の村山治という記者がいた。日経の大塚将司記者とともに、業界のトップランナーだった。 この種の事件は、取材で知りえた事実の1割も記事にはできないが、90年代の事件については「時効」になったので、今だからいえる話もさりげなく書かれている。 特におもしろいのは、1998年の接待疑惑の発端となった大蔵省証券局のS課長補佐の事件だ。彼は接待だけでなく、風俗店(ソープランド)に頻繁に行っており、これが逮捕の決め手になった。当時の霞ヶ関の暗黙のルールでは、接待はシロだが現金はクロで、女は現金と同等という扱いだったからだ。 ところが逮捕してから、この風俗の出費は自費(!)であることが判明した。検察は動転したが、「50年ぶりの大蔵キャリア逮