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ブックマーク / suumo.jp (9)

  • 田んぼに浮かぶホテル「スイデンテラス」の社員はU・Iターンが8割! 都会より地方を選んだ若者続出の魅力とは? 山形県鶴岡市

    田んぼに浮かぶホテル「スイデンテラス」の社員はU・Iターンが8割! 都会より地方を選んだ若者続出の魅力とは? 山形県鶴岡市 山形県鶴岡市の中心部にある、建築家・坂茂さんが手掛けた水田に浮かぶホテル「スイデンテラス」。オープンから4年半、今やすっかり全国で知られる人気のホテルになりましたが、ことの始まりは、鶴岡に縁もゆかりもなかった代表・山中大介さんの東京からの移住でした。庄内平野に魅力を感じた山中さんは、その後の人生をかけて「スイデンテラス」をはじめとしたまちづくりをするべく、ヤマガタデザインという会社を起こします。ここでのさまざまな取り組みを見た人たちが、“鶴岡で働き・暮らしたい”と、続々とUターン・Iターンをし、次第に雰囲気は変化。今では働くスタッフのうちUターン・Iターン者のみで約8割を占めるといいます。その魅力は? 働く皆さんにお話を聞きました。 鶴岡の田んぼに浮かぶホテル、なぜつ

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  • 書評家の私が魅せられた、喫茶店でゆっくりと本が読める街「京都」(文・三宅香帆) - SUUMOタウン

    著: 三宅香帆 ゆっくりとが読める街。それが私にとっての京都だった。 はネット書店があればどこでも手に入るし、映画や観劇みたいにアクセス方法の限られたエンタメじゃない。なんてどこでも読める。そう思っていた。昔の自分は。 でも違った。気づいたのは、大人になって――東京に3年住んでからだった。 上京後も、学生時代を過ごした京都が恋しくて… 地方出身の文学少女にとって、京都は憧れの街だった。多くの小説の舞台となり、たくさん文化の詰まった街。実際居心地が良すぎて、大学と大学院あわせて7年間も京都にいた。 「京都で学生時代過ごしたやつ、まじ一生京都の話してる」 そうTwitterで呟いたら、ものすごくバズった。みんなそうなんだな、と笑ってしまった。京都の磁場は強い。一度住んだらやみつきになる。でもどこかで「京都が好きなのは、学生生活が楽しかったからだろうな」とも思っている自分がいた。 大学時代

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  • 山あいの商業施設「VISON」に客が続々!? AIなど最先端技術を活用し地域課題の解消に挑む 三重県多気町

    山あいの商業施設「VISON」に客が続々!? AIなど最先端技術を活用し地域課題の解消に挑む 三重県多気町 地方都市の人口減少や過疎化、産業の衰退……。日各地で課題の多い地域が増えてきています。そんななか、10年以上もの歳月をかけ、官民連携「デジタル田園都市国家構想」に基づきながら創り上げた、三重県多気郡多気町の一大複合施設「VISON(ヴィソン)」(以下、読み同じ)が注目されています。AIやビッグデータなどの最先端技術を活用して、地域医療やモビリティ、観光振興、エネルギー等地域の社会課題の解決を目指して取り組む施設とのことで、多くの地域が抱えている課題を解決するヒントがありそうです。どんな仕掛けがあるのでしょうか。ヴィソン多気株式会社、代表取締役の立花哲也さんにお話を伺いました。 三重県にはもっと知ってほしい魅力がある 三重県のほぼ中心に位置する多気町は、人口約14000人弱の小さな町

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  • 高知の山里に若い移住者相次ぐ。「儲かる林業=自伐型」に熱視線 高知県佐川町

    2023年春、日の植物学の父・牧野富太郎博士を描いた朝ドラ(NHK連続テレビ小説)『らんまん』がスタートする。博士が生まれたのは、高知県の中西部にあり、高知市から車でおよそ40分の佐川(さかわ)町。同町はドラマの舞台として注目される一方で、「自伐型林業」というあまり聞き慣れない林業の先進地としても、実は熱い視線が注がれている。 安定収入が得られるうえに、空いた時間も副業などで有効活用できると言われる自伐型林業。今佐川町では、それに魅力を感じた若者たちが全国から移住してきているという。新しい林業で活気づきつつあるという町の実態を知るために、佐川町へ足を運んでみた。 町面積の7割を占める森を新たな産業の源に 84%という全国トップの森林率を誇る高知県。佐川町でも町面積の7割を森が占める。さらにその7割が人工林でありながら、同町で林業は産業としてほぼ成立していなかった。かつての一般的な林業は、

    高知の山里に若い移住者相次ぐ。「儲かる林業=自伐型」に熱視線 高知県佐川町
  • 能登半島の海と過ごした最高の夏休み。石川県志賀町に1軒の古民家を買った男は、集落の未来も買おうとしていた(文・玉置 標本) - SUUMOタウン

    著: 玉置 標 (撮影:宮沢豪/玉置標) 日海に突き出た能登半島の左側、石川県羽咋郡志賀町(はくいぐんしかまち)の赤崎(あかさき)という海沿いの集落に、立派な古民家を買った友人がいる。彼、佐藤正樹さんは東京在住で、その家を民泊「TOGISO」として貸し出しつつ、自身の多拠点生活の場としても活用している。 古民家のおもしろい使い方だなと遊びに行ったら、どんどん空き家が増えている赤崎で、買える家のすべてを買い取りたいという謎の野望を話してくれた。 まあまあ遠い石川県羽咋郡志賀町赤崎の古民家までやってきた 赤崎の古民家へは同行いただいたカメラマンの車で訪れたのだが、埼玉県東部の我が家からは約530km、夜中に高速道路を移動して8時間とまあまあ遠かった。 金沢駅からでも車で1時間半の場所。羽咋駅からバスを乗り継ぐというルートもあるようだが、羽田空港から飛行機でのと里山空港へ飛び、予約制のふる

    能登半島の海と過ごした最高の夏休み。石川県志賀町に1軒の古民家を買った男は、集落の未来も買おうとしていた(文・玉置 標本) - SUUMOタウン
  • フレッシュ唐辛子の魅力に惚れ込んで、副業で唐辛子農家をする二重生活の苦労と魅力【いろんな街で捕まえて食べる】 - SUUMOタウン

    著: 玉置 標 心から熱中できる対象を見つけたとき、それを業にする道を選ぶか、あくまで趣味として手軽に楽しむか。一瞬でも迷ったことがある人は多いと思う。もちろんケースバイケースだし、明確な答えなどないのは当然だ。 これまでは業にすることを選んだ人から話を聞く機会が多かったが、今回は業か趣味かの二択ではない生き方の例として、大好きな唐辛子の栽培を「第二の人生」ならぬ「第二の仕事」とした人に、その体験談を伺った。 村山さんの運命を変えた、手違いで実ったハラペーニョ世界の唐辛子栽培というちょっと変わった兼業農家をしているのは、平日は東京都内にてITエンジニア仕事をフルタイムで勤務し、週末は作業着に着替えて群馬県の山奥で多種多様な唐辛子を育てている、村山晋作さん(47歳)だ。 村山さんの農園があるのは周辺には人が住まなくなった過疎地で、この地に移り住んできた母親と一緒に、約800坪の唐

    フレッシュ唐辛子の魅力に惚れ込んで、副業で唐辛子農家をする二重生活の苦労と魅力【いろんな街で捕まえて食べる】 - SUUMOタウン
  • 1.5拠点生活という実験。都心から日帰りできる有機な里山・埼玉県小川町 - SUUMOタウン

    著者: 柳瀨 武彦 蔵を借りて、お店を開く。 まさか自分がそんなことをはじめるとは、学生のころには、いや、3年前にも想像できなかった。 僕は東京の練馬区で生まれ、今も住む33歳。 寅年、早生まれ、一人っ子、AB型、天パ。 新卒で入った広告業界で働き、3年前に独立。 企業や自治体などの宣伝・広報活動の企画やコピーライティングを生業としている。 ずっと同じ業界で働いてきた僕が、今の仕事を続けながらお店を開業するために、今週も東武東上線に1時間ほど揺られ、終点の小川町駅から8分歩いて、重い蔵の扉を開く。 なぜそんなことになったか。それは小川町に不思議なご縁と、楽しい予感を感じたからなのであった。 東京で生まれて、東京で育って やんちゃでむさ苦しい中高一環の男子校も、マッチョでむさ苦しいスポーツ専攻の大学も、ハードでむさ苦しい制作会社も練馬にある実家から通った。人並みに親元を出たいという気持ちはあ

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  • からっぽの独り身を救った西荻窪の探検 - SUUMOタウン

    著: 人 「西荻には住みたくなかった」 前との離婚をめぐるメールに刻まれた強烈なパンチライン。秋の夜長、暗いマンションの一室でそれを読んだ私は、絶望しつつも声を出さねば折れると思い「……そうだったかー」と発した。2012年のことだ。 おかえりなさい独り身の世界 西荻窪に初めて降りたのは18歳のころ、2000年にさかのぼる。通学や夜遊びの便から新宿まで電車一で、かつ「都心」と胸を張れそうな23区内でと絞り込み、武蔵野市の手前である杉並区の端・西荻窪に来た途端「ここだ」と惚れてしまった。広大な田園が自慢の地元からコンクリートロード東京へ移った身には、文化的な雰囲気と垢抜けなさの同居した西荻窪の街並みから漂う奥深さと親しみやすさが妙に魅力的だったのだ。 西荻窪駅北口。中央のシンボリックな木は年末に雑なイルミネーションが施され、毎年ちょっとウケていた。駅を出た真正面にカラオケ店や飲店が並ぶ

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  • 田舎が嫌いだったんじゃなくて、自分が嫌いだったんじゃないか【群馬県前橋市】(寄稿:朽木誠一郎) - SUUMOタウン

    著: 朽木誠一郎 2浪1留で6年制の大学を卒業したら27歳になっていた。不覚である。 大学は群馬県の前橋市というところにあった。人生の4分の1相当の時間をそこで生活したことになる。当時、僕は前橋が嫌いだった。 前橋市内の風景(画像:PIXTA) 前橋にも、そもそも群馬にも、縁もゆかりもなかった。受かった大学に入ったというのが正直なところだ。 赤城山と榛名山と妙義山に囲まれた市内には、大学と県庁くらいしかめぼしいものはない。遊び場は自遊空間かラウンドワンで、車社会だから飲み屋に行くにも運転代行が必要だった。 隣の高崎市は新幹線の停車駅で、セレクトショップやクラブがあり、郊外にはイオンモールもあった。週末はそこいらで過ごしたりしたけれど、そういうのもだんだん面倒になって、仲間内でもっぱら宅飲みをしていた。 内向的な性格というわけではないものの、次第に田舎らしいムラのようなコミュニティーが生まれ

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