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大阪に関するkiteretsu-elekitelのブックマーク (2)

  • 閉店した大阪・都島のスナック「ブスの店 杏」の長い歴史をママに語ってもらった

    大阪在住のフリーライター。酒場めぐりと平日昼間の散歩が趣味。1,000円以内で楽しめることはだいたい大好きです。テクノラップバンド「チミドロ」のリーダーとしても活動しています。(動画インタビュー) 前の記事:買った袋麺をその場で作ってべていい「ラーメンコンビニ」スタイルの店が鶴橋にあった 「ブスの店 杏」はこんな店だった デイリーポータルZで過去に公開された記事に、尾張由晃さんの書いた「楽しいスナックブスの店」がある。 2012年公開の記事なのだが、尾張さんが同じくデイリーポータルZライターの小堀友樹さんと一緒にドキドキしながらこの店に入った時のことが詳しく書かれている。すごく楽しかった雰囲気が伝わってくる。 私が東京から大阪に引っ越してきたのはこの記事が公開されたもう少し後だったのだが、近所を歩いていたら、ひさしや看板に「ブスの店」と書いてある店があって驚いた。 お店の外観はこんな感じ

    閉店した大阪・都島のスナック「ブスの店 杏」の長い歴史をママに語ってもらった
  • 関西ハードコアの歴史test版|sisterhiyosu

    もともと'70年代後半の東京ロッカーズに対して関西NOWAVEというのがあったんや。 関西ではINU、アーントサリー、ウルトラビデ等。 パンク・ニューウェーヴからより自由で前衛的な音楽がアングラで流行りだした。 その中心的人物が林直人(ex.INU) さんやったわけや。 '70年代終わり頃、当時、林さんは『アウトサイダー』というミニコミを発行・発信しておった。 その拠点が、大阪阿倍野にあったボロボロのジャズ(ロック)喫茶『マントヒヒ』なんや。 仙台から小山さん(YOU)が大阪へ移り住んで来たのはこの頃だと思う。 YOUは当初パンクがどうのとかというより新しい物好きだったのと違うやろかなぁ。 大阪西成のアパート『昭和荘(やったかな?)』と『マントヒヒ』はそう遠くない距離や、 林さんとの付き合いの中で、コントーションズやDNAみたいな実験的音楽に傾倒していったかな? 林さんが『アウトサイダー』

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