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ブックマーク / d.hatena.ne.jp/zoot32 (4)

  • 空中キャンプ :: 呑み屋にて

    「男はなー、相手の女を軽蔑していても、つきあえるもんなんだよ。むしろ、その方が興奮するくらいでさ」と、わたしの先輩であるおっさんは、ビール数杯ののち、焼酎に切りかえてまた数杯、わりといい具合になりながら語った。とある呑み屋での会話である。わたしもすでに、ビールから濃いめのウーロンハイにスイッチしており、つまりは同様にいい具合だった。たしかに、だめな女とか、信頼できない女とか、逆にもりあがるかもしれないな。ドストエフスキーも、そんなことを書いていたような気がする。しかしこの、つまみをうのがすでにめんどうになっているってのはどういうことだ。だめだ、野菜スティックをたのもう。健康のために。すいません、あの、野菜スティックひとつ。 「でもよー、女の場合はさ、男にどこかしら尊敬できるところがないと、つきあえないとおもうね。女は男に尊敬を求めるんだよ。ここがちがいだね」。おっさんがそういったので、わ

    knephin_steg
    knephin_steg 2007/10/28
    こんな上等な文章を読めたことに感謝。
  • 空中キャンプ - ぜいたくな娯楽

  • 2007-10-10 - 空中キャンプ

    いい文章を書きたいのであれば、書き終えてから、あるていど時間を置いて読み直すといいとよく言われる。これは誰にとっても納得のいく方法だとおもう。時間を置くことで、客観的に文章を眺めることができるし、意味の伝わりにくいところは推敲できる。なにより文章ぜんたいをクールダウンできるから、時間を置き、推敲を通したテキストはより論理的で端正になる。 しかし、わたしはこの方法がどうも苦手だ。時間を置くと、いったいどうしてこんな文章を書いたのか、自分でもよくわからなくなってくるし、なにをおもしろいとおもって書いたのか、いまひとつおもいだせなくなってしまう。もちろん、文章を書き直すことで、感情の入りすぎていた部分は削られて、気持ちだけが空回りしていた言葉は、もっと別のフレーズに置き換えられる。だからこれはきっといい文章なのだ──すくなくとも、推敲前よりはずっと。でも、このテキストっておもしろいのかな、とわた

  • 空中キャンプ

    『ブリグズビー・ベア』 ストーリーは更新されなくてはならない 1981年3月30日、ワシントンDC。25歳の青年ジョン・ヒンクリーは、その年に大統領へ就任したばかりのロナルド・レーガン暗殺を試みた。ヒンクリーはかねてからジョディ・フォスターのストーカーであり、大統領の暗殺に成功すれば、彼女に認められると考えていたのだ。いったいどのような理由により、彼が「大統領を暗殺すれば、意中の女優が振り向く」と、何の脈絡もないふたつの事象を関連づけたのかはわからない。しかしヒンクリーはそのような奇矯なストーリーに沿って生きていたのであり、レーガン大統領暗殺未遂事件が私たちに独特の憐憫を呼び起こすのは、犯人がかかるみじめな物語のなかでしか生きられなかったことの空虚さゆえである。 私たちはみなストーリーに沿って生きている。人は何らかの物語のもとでしか生きていけないからこそ、誰もが内部にストーリーを持ち、日々

    空中キャンプ
    knephin_steg
    knephin_steg 2007/10/11
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