橋本幸士 Koji Hashimoto @hashimotostring 時間が2次元である小説を書いてみた。 空間が2次元(例えば地球の表面上)なら、目的地へ行くのに右の道や左の道の色々な経路を通れる。時間軸が2つある、というのは、この小説のようなものだろう。(超ひも理論知覚化プロジェクト) pic.twitter.com/qSH4364UNL 2016-04-28 08:18:44
福岡県春日市教委は17日、同市の須玖(すぐ)岡本遺跡で、墓穴の大きさが国内最大級となる甕棺(かめかん)墓(弥生中期前半=紀元前約150年)が見つかった、と発表した。同遺跡は魏志倭人伝に出てくる「奴国」の中心地で、王や王族の集団墓地。今回の甕棺墓は奴国のナンバー2、3クラスの有力者の墓の可能性が指摘されている。 墓穴は縦5.2メートル、横3.9メートル。長さ約1メートルの甕を二つ合わせた甕棺から銅剣(約42センチ)1点と、被葬者の身分が高いことを示す青銅製の飾り「把頭飾(はとうしょく)」(高さ約4.5センチ、幅約5.5センチ)1点が見つかった。遺物周囲の土の表面からは複数種類の布の痕跡が多数確認された。遺物や遺体を布で何重にもくるんだ可能性があるとみている。
先日書いた 東京湾の範囲 問題などもろもろ調べている過程で見つけた、1590年当時の東京湾(江戸内海)を中心とした原地形図。鈴木 理生 編著「 図説 江戸・東京の川と水辺の事典 」より。江戸前島半島の左沿岸、日比谷入江という表記の「江」の字と丁度平行な位置あたりが今の新橋駅、その対岸の高台に愛宕神社がある感じの位置関係ですね。また、古川は現在の渋谷川。 色々説明し出すと非常に様々な点に触れることになることもあって、それも今の理解ではなかなか難しいところではあるのだが、図の引用だけで終わらせるのも適切ではないので、簡単に触れると、前回の記事でも説明したように、三浦半島の走水から房総半島の富津洲へと横断航路が古代から発達していたが、それと交差するように、太平洋から東京湾への銃弾航路と、武蔵野台地の各河口に登場した湊(ミナト)同士を繋ぐ航路、さらに湊から河口を上る輸送路が古くから発達していた。
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く